本

『永遠平和のために カント』

ホンとの本

『永遠平和のために カント』
カント
池内紀訳
集英社
\1300+
2007.11.

 基本的に、哲学の著作、特に研究対象となり得るものについては、書評的な場に取り上げることはしたくなかった。単発的に、有名な著作については感想めいたものを書くことがないわけではなかったが、カント全集やプラトン全集の一つひとつを取り上げて、書評めいたものは書くことをしていない。昔読んだものを、コロナ禍になって何もすることがないようなときに、全部読み返すというようなこともしたが、一切感想文とはしなかった。
 だから、今回カントの『永遠平和のために』を取り上げたことを、訝しく思う方もいようかと思う。しかしこれは、カントの著作というよりも、訳者と出版社が、カントの本を素材として創った、ひとつの作品であると思ったのだ。
 前半は、見開き1頁強に写真が置かれ、残りのスペースに、大きな文字で、カントの著作の中の印象的な言葉がピックアップして掲げられている。写真は、直接言葉の意味に関係するわけではないが、「いい写真」が沢山並ぶ。それだけでちょっとポップな雰囲気になる。ただ雑誌を眺めているような、ゆとりある生活の中のひとこまを演出する。
 しかし装丁は雑誌風ではない。文庫と新書の中間のような大きさであるが、立派なハードカバーである。鮮やかなブルーに包まれ、表紙にはカントと思しき明るいイラストが小さく載せられている。ハードカバーと言ったが、実に堅い表紙である。カバンの中に乱雑に入れられても、きっとびくともしないだろう。
 これだけで50頁までを飾るのだ。著作の中の、何か考えさせるに値する句が次々と現れるので、ゆっくり眺めると、心にしっとりと堆積するような気がしてくる。一気に読み通すことができるほどの小冊子ではあるのだが、さっさと読むと見落とすかもしれないような、大切なテーゼが、写真と共に心に染みついてくる。
 それから、著作の本文が始まるのだが、項目と言えるテーゼはゴシック体で目立つようにしており、余白も十分取ってあり、非常に読みやすい。余白の少ない文庫の頁に、ぎゅうぎゅうに詰めているものを読むのとは、全く違った印象を与えるものである。
 このカントの『永遠平和のために』という本は、社会科の教科書でも登場するかもしれない。「国連」の設立に影響があった、と評されている。カントは、哲学者として初めて、プロとなった人物である。つまり、哲学を営むことによって飯を食うという生活を送った、たぶん初めての人である。三批判書が特に有名で、人間の理性についての冷徹な洞察は、その後の哲学の源流となった、とまで言われる。
 カントは当時の教会の姿勢に、理性的観点から自分の聖書理解や宗教に対する思想を述べたため、当局から睨まれていた。平和を論ずるというのは、いまならひとつの思想として何も問題はなさそうだが、当時のヨーロッパ社会は、とにかくあちらこちらで戦争があり、それも王位継承などという問題のために、王族ではなくて一般庶民が命を落として殺し合っている、ということが多かった。しかし、それは国の威信にも関わることであり、戦争から逃げるようなことは、国王の沽券に関わるものと見なされた。平和なんぞという、甘っちょろいものを強く言えば、ふだんから睨まれているカントは、どういう目に遭うか分からない。
 1795年、カントが71歳のときに発表された本である。晩年のカントが、言うに止まれず発言したであろうこと、それからカント自身当局に睨まれていたであろうことに触れることにより、本書の書かれ方の特徴について、「解説」は推理している。そう、巻末には、24頁にわたる訳者の「解説」が付せられているのだ。写真付きの部分が42頁、本文が38頁であることを考えると、この「解説」の比重はかなり大きなものとなる。これが実にいい。カントがどうしてこの著作を書いたのか、についての考察を、先に挙げたように、当時のヨーロッパの争いを説明することによって、厚みを以て与えてくれている。
 カントは一言居士とでも言うのか、晩年これを言わねば死ねない、というくらいの思いで、平和を論じたのであろう。
 また、カントがそこから生涯出ることがなかったというケーニヒスベルクに於いて、20世紀前半に調査された人種の内訳と、20世紀末のそのデータとを比較して、かつてドイツ人が大多数だったのに対して、ロシア人がきれいに入れ替っていることも知らせる。このケーニヒスベルク事情についてなど、これまで私は見たことがない。カントの著作を解説するにあたり、このような点について長々と語るような文章は、稀なものではないだろうか。
 私は、この「解説」をまず読んでから、本編に目を移してもよいのではないか、と考えている。実は私が、そのように読んだのだ。
 平和条項の中に「いかなる国も、よその国の体制や政治に、武力でもって干渉してはならない」というものがあるが、こういうことが正義の名の下になされている世界情勢に、カントの言葉が届くことはないのであろうか。それはカントの求めた道徳の死滅を意味するのか、それとも人間の罪が好きなだけ吠えまくっているのか、私には断言できない。しかし、哲学の眼差しは、どんなに経済効果がある事柄であっても、そこを批判することを怠ってはならない。
 難解と思われるカントの著作の中でも、この『永遠平和のために』は、比較的手に取りやすいと聞いている。その中でも、この装丁の本は、お洒落に広めることも可能な作品である。もっと読まれてほしい。もっと読まれなければならない。カントの口にする「永遠平和」というものが何であるかを受け取って、いま私たちにとっての「永遠平和」を見いだし、大切にしなければならないと、切実に思うのだ。




Takapan
ホンとの本にもどります たかぱんワイドのトップページにもどります