本

『使徒信条と主の祈り』

ホンとの本

『使徒信条と主の祈り』
米川明彦
新生宣教団
\1000+
2000.8.

 きわめてオーソドックスな話題であり、結果的に内容も、非常に保守的で、遊びのない真面目な本であった。聖書をふんだんに引用して、ただ著者独自の視点や捉え方も感じさせながら、キリスト教の中核的な「使徒信条」と「主の祈り」とが解説されていく。
 教会学校で利用できるようにしたものであるともされているが、おそらく一定の連載のように考えられていったものをまとめて整備したものではないかと思われる。より正確に言うと、祈祷会や学習会のような場で語られたものを録音して、そのテープから起こしたのがこの本の原稿であるのだ、と記されている。ただ一度その場で語られて終わり、というのではもったいない、それほどに汎用性があり、一般性があると認められるだけの価値があると考えられたのであろう。そして、それは間違っていないと思う。
 著者は、教会の牧師ではないが、紹介によると「教師」という立場であるという。新約聖書には、当初できた教会組織の中に「教師」という、教える賜物を与えられた信徒の地位のようなものが書かれている。具体的にどうだか知れないが、それを現代の教会の中に位置づけているという教会は珍しいのではないか。大学の教授でもあるが、その知識を活かし、聖書を教育する立場で活躍するというのは、なるほど、相応しい役目であることだろう。職業柄、誤った知識を平気で広めることはできないであろうから、調査や研究においても当然慎重になる。そういうことが面倒であるはずがないので、まことに好都合である。
 そういうわけで、あまりに専門的になっていくわけでなく、どこか信徒レベルにおいて、きっちりと調べて信仰を勧めていくという立場で、うまくまとめられていることは間違いない。逆に、面白みには欠けるのであるが、なにもこうしたものに楽しさを求める必要もないから、それはそれでよいと思う。信仰への励ましもふんだんに混じっており、素直に読む以上これはなかなかよいブックレットとなっている。
 さて、この一般には出回っていないような本を私が探して購入したという背景には、実はこの著者その人があった。出会った一冊の本『俗語入門』が実に面白く、そしてその本の最後が新約聖書の言葉で閉じられていたことで驚き、少し調べると、このような立場のクリスチャンであるということを知ったのである。いま日本でおよそ俗語について一番知識のある人というと、おそらくこの人だと思う。ことばについて、しかも日常私たちが使うことば、すなわち辞書や建前にある日本語でなく、使われていることばについての研究の第一人者である。それはまた、大きく構えた文化というよりも、一人ひとりの心理や考え方をいち早く反映する特徴をもつ。生の人間の思考や生活を表すものとして、優れた着眼点となりうるものである。これは、でんと構えた辞書の言葉しか見ないでいると分からない世界である。
 つまりは、人とは何か、に近い視点をもっていることになる。そこで、神と人との関係を問うとなると、私はひじょうに説得力のある語り方ができると考えている。
 また、著者は、手話辞典の編集にも関わっており、手話文化についての造詣も深い。私にとり実に親しく感じる精神活動である。もちろん本書には、手話のことはなにひとつ書かれていないのだが、手話をひとつの言語ないし文化として理解している人は、様々な表現の中にも、手話においても妥当するかどうか、自然とアンテナが張られているものである。それが明らかにここにある、と指摘することはできないのであるが。
 使徒信条と主の祈りについて、たいそう黙想的な本も確かにある。すばらしいものだ。理論めいた説明に終始している事典的叙述もある。あまりに詳しすぎて、学術的にすばらしいが寄りつきにくい印象を与えるものもある。また、あまりに筆者独自の解釈に走りすぎて、面白いのではあるが、信仰的に読者自身に適用しがたいというケースもあると思われる。その点、無理なく読め、やわらかく理解でき、そして生活の中で活かすというために優れたものとなっているのが本書であるとお勧めできるだろう。いかんせん、出版事情からして非常に狭いものであったと思われ、しかもいまとなっては時期を遡るものとなってしまったため、これを広めるには、再び印刷・発行をしていかなければならないであろうという点が残念である。
 本書の優れた点は、読者自身がこの使徒信条や主の祈りの中に参加していくことである。自分の生き方が常に問われていることである。私は、信仰書にしろ福音書にしろ、聖書に関するものの読み方は、これしかないと思っている。自分とは無関係な理論書として遠く眺めているのは、正しい立派な研究のようであるが、適切ではないと考える。本書は、己の生き方とつねに関わろうとする書き方が繰り返されている。それが、信実なものであると私は堅く思うものなのである。




Takapan
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