本

『世界イディッシュ短篇選』

ホンとの本

『世界イディッシュ短篇選』
西成彦編訳
岩波文庫
\920+
2018.1.

 古書の形で取り寄せた。すると、新聞の切り抜きが挟まっていた。東京大学の沼野充義氏による本書の評である。これは有名なものらしく、ウェブサイトの中でも同じものを見ることができた。2018年3月11日の毎日新聞の切り抜きである。簡潔に、よく紹介されている。私のような者には、そんなにきれいには語れない。もちろん、沼野氏はスラブ文学の専門家であるから、比較しようもないわけだが、本書の魅力を少しでも伝えられたらよいと願うばかりである。
 そもそもイディッシュとは何か。東ヨーロッパのユダヤ人の言語、という説明で良いだろうか。ディアスポラとして全世界に拡がったユダヤ人たちは、世界各地で脈々と生活を続けて来た。しかも、聖書という民族のアイデンティティによって、二千年の間隙をも感じさせないほどに、信仰と文化を守ってきた。この聖書というのは、ユダヤ人の聖書である。もちろんキリスト教徒は、それを旧約聖書と呼んでいる。それは大部分、ヘブライ語で書かれている。この文化を、東ヨーロッパのユダヤ人たちも、受け継いできた。
 だが、現実の生活においてヘブライ語だけを使うわけではなかった。そのためか、各地の言語と微妙な融合を経てきたらしい。スラブやドイツの言語がどのように混ざっているか、私は具体的には分からない。ただ、ユダヤ人としての自覚は、文字だけはずっとヘブライ文字を使うことによって満たされていたように窺える。
 世界各地で、このへブラシ文字によるイディッシュ語を使っている人々がいて、そこからまた文学も生まれている。本書は、それを簡単だが紹介するような意味もこめて、イディッシュ文学の短篇を集めたという、かなり珍しいものなのである。
 その作家たちも、世界各地に住んでいる。元々は東欧であっても、家系の中で遠方に移るということがしばしあった。また、第二次大戦の迫害を逃れるためにやむなく、という場合もあった。南米やアフリカからも、この文学が生まれている。また、ホロコーストの経験から生まれた作品もあるし、偏見を向けられ続けた生活を感じさせるもの、だがしかしそれにも拘わらず文化を継承してゆく矜持のようなものを輝かせるものもあるように思えた。
 マイナーな言語である。いまでは数百万人程度であるとも言われる。しかし、非常によく知られた作品もある。『屋根の上のバイオリン弾き』の原作者である、ショレム・アレイヘムはどうだろう。その人の「つがい」という短い作品が、本書の冒頭を飾る。自らの運命を知らぬ七面鳥の視点で物語は進展する。「シーダとクジーバ」と「カフェテリア」を本書に見る、イツホク・バシェヴィス・ジンゲルは、ノーベル文学賞の受賞者である。
 人が死語、楽園に入れてもらうために「みっつの贈物」を探す話もある。お伽噺の用でもあり、寓話のようでもあり、わくわく眺めてしまうが、考えてみれば、私たち自身はどうなるのか、それを思うと、決してただ笑っていられるわけではないことが分かる。
 物語が、うまく終焉しているのかどうか、分からない時もあった。「ブレイネ嬢の話」はなんともいえない不思議なところで終わった。その結末は十分臭わせてはいたのだが、どたばたが続いて、どう受け止めてよいのかよく分からない。ほかにも、それで終わっていいのかな、と思うようなことがあった。
 地下にする悪魔の親子「シーダとクジーバ」が、ニンゲンは神様の失敗作だ、などと言っているのを聞くと、唸ってしまうし、話に引き込まれていく。ニンゲンへの痛烈な皮肉もこめられていて、聖書を多様に引用することで、日本人一般にはどうかとは思うが、世界的にはやはり受け容れられやすかったのであろうという気がした。だから、ノーベル文学賞なのだろう。
 最後には、「ヤンとピート」がある。南アフリカに移住した作家による。そこでユダヤ人の組織を助ける働きをしたそうだが、そこにはアパルトヘイトの空気が濃厚に焚かれていた。白人と黒人の友人同士が、12月16日のディンガーンの日(白人と黒人の地位を築くことになった)から一世紀が過ぎ、黒人たちが白人の支配に抵抗する。警官のヤンが捉えた黒人は、かつて兄弟同然に育てられたピートだったのだ。その昔、ヤンの過ちをピートが身代わりになったことがあったが、それ以来、二人はすっかり離れた心になってしまっていたのだ。借りをつくられていたヤンは、それを返すのだろうか。また、そのヤンの態度にピートはどう思っていたのだろうか。なかなか味わいがある。
 なお、巻末に、西成彦氏による、イディッシュ文学についての解説がある。なかなか読ませるものであり、イディッシュなるものの理解のために非常に優れた解説になっていると思う。一つひとつの作品についてはもう触れる余地がないほどに、イディッシュの成立や歴史について書かれている。案外、これを先に読んで学んでおいてから、作品を味わうのもよいかもしれない。イディッシュは、いまもなお、世界の中で異質な光を発し続けているのである。




Takapan
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