本

『「赤十字」とは何か』

ホンとの本

『「赤十字」とは何か』
小池政行
藤原書店
\2625
2010.4.

 レッドクロスが表紙に鮮明である。背景はその活動の様が白黒写真で鏤めてある。いや、白黒写真の中でも、赤十字のマークだけは赤である。大きな中央の赤十字の縦向きに本のタイトル、横向きには著者名と、「人道と政治」というサブタイトルが並べてある。
 この表紙のデザインに、本の内容が集約されていると言うことができるかもしれない。著者は、日本赤十字看護大学の教授。赤十字とは何か、ということを研究し、教育している。そしてその中に、世界の困難な地域に派遣される人材が多々いることだろうと思うと、教育している内容の崇高さと難しさがひしひしと感じられてくる。
 タイトルは、哲学的な問いかけのようであるが、もちろんここで抽象的な議論をしようなどというわけではない。また、今さらのように定義をしようというわけでもない。この本には、赤十字の歴史から精神、そして近年の具体的な活動の問題点や世界に貢献できる事柄は何かが、とことん内実的に、とことん詳細に具体的に、そして本質的に原理的に説かれている。
 その意味では、基調な文献の一つとなりそうである。
 図版がない。各章の扉に、象徴的に現場の写真と説明が施されているが、それはその場の本文の説明となっているわけではないから、文章による記述の理解を助けるための写真として置かれているようには感じられない。何ものかを紹介する本では、最近は、「図解」が流行している。すべての頁に図解がなくてもいいが、効果的にパワーポイントばりの図が示してあると、書いてある内容や重要点が読者の心にスッと落ちてくるものだ。ところがこの本には、そうした図版がない。あとがきに続いて、参考文献一覧と、年表があるのが目立つ程度だ。その後、用語に関する索引があるのは、親切な設計であると評価できる。だが、本文に関しては、どこに何が書いてあるのか、分からない。いわば講演や講義を一本の時間軸の中で延々と聞いているような錯覚に陥る構造である。
 油断無く読み進まなければならない。その中で、赤十字活動が、その国や地域から正式に要請されるのでなければ、決して出て行くのではない、という注意が目を惹いた。国境なき医師団はその点で耐えられなくなった人々が新たにつくった、侵入できる組織であるという。赤十字の理念に基づく故に、それはそれで理由のあることだ。また、ナイチンゲールとデュナンとの間には、決定的な溝があったことなども明らかにされている。まさに赤十字のすべてを研究する立場であるからこその興味深い指摘である。また、その指摘がたんに蘊蓄などではなくて、活動のすべてに影響する本質的なことであるだけに、幾度繰り返しても無駄にはならない強調点であるとも感じられる。
 そして、人道という言葉。人権という言葉とはどう違うのだろうか。また、人道という意味を赤十字ではどういうものとして理解して実践しているのだろうか。それはもちろん、デュナンの考えに基づくものである。その時代背景もさることながら、デュナン自身の生涯にも関係あるものとして紹介される。そして、決してそれが単なる理想主義などではないということが、この本から明らかになってくる。甘い平和論者ではないのだ。戦争は実際に起こるものという中で、それでも、ナイチンゲールが自国の内部でケアをすべきだという立場と異なり、デュナンは、敵も味方もなく、そしてどちらがどう善いか悪いかなどの次元も全く無関係に、ただ人を助けるというだけのために動くことを目指した。もしも、善悪を明らかにするために活動したり、一部の側を悪と規定したりしたら、傷ついたその人々を誰も助けることができなくなるからである。その意味で、何も戦争は悪だなどと言う必要もない。それは必要悪だなどと議論する必要もない。ただ戦争がありうるものとして危機管理を施し、実際に人をサポートする活動を行うというのである。
 きわめて現実的で、だが実際いま現場でこの世界で必要なことであり、それをするのが赤十字であるということが、頼もしく見えてくることこの上ない。日本の赤十字活動が世界的に見てどういう特徴があるのか、ということへの言及も多い。私も、青少年赤十字で一時活動したことがあったが、知らずにいたことが多々ある。また、天皇家との関係も、いつもどうなんだろうと思っていたが、そういうことについてもちゃんと記されていて安心した。
 読み応えのある本である。知りたい、と思ったときに、こうした本があることは幸福である。この幸福感を、今このときも言葉にできない困難の中にある人々と、そこへ向かい仕えている赤十字の人々のために、どう用いればよいのか、考えさせられるようになった。また、考えなければならない、と思う。




Takapan
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