本

『水妖記(ウンディーネ)』

ホンとの本

『水妖記(ウンディーネ)』
フーケー
柴田治三郎訳
岩波文庫
\480+
1978.5.改訳

 元々は1938年に発行されたが、40年後に改訳として出された。ずいぶん変わったらしいとも聞くが、旧訳については私は知る由もない。
 それよりも、この伝説は、ヨーロッパでは半ば常識のように知られている、ということを、私は恥ずかしいことに知らなかった。
 ドイツ後期ロマン派に属する19世紀前半の人であることなど、訳者による解説は、事情を詳しく伝えている。文学研究に用いようとする人は、そこだけを読めばよいだろう。また、フランスのジロドゥーが、百年後に描いた翻案の粗筋も、そこに掲載している。だいぶ本編よりは脚色が増し、展開に様々な事情が紛れ込んでいる。
 とはいえ、果たしてこの伝説が、そもそもは16世紀のパラケルススの説から、水の精霊をウンディーネ、あるいはニンフと呼んでいたことに由来しているともいうが、元来物語が決まっていたわけではないと思う。フーケーが仕立て上げた物語は、その伝説を許に、実によくできたものであったため、よく読まれたらしい。訳者によると、ゲーテのウェルテルに匹敵するというから、只事ではない。そのため、フーケーの物語が一般性を以て定着したのかもしれない。ヲボラにもなり、後にバレエ音楽にもなったというから、決定的である。
 ストーリーそのものをここに紹介せずに、周囲のことばかりを綴ったのだが、そもそもこのウンディーネとは何者かというと、これは文庫の表紙にも記されていることだから構わないと思うが、「魂のない水の精」であった。「人間の男と愛によって結ばれて、魂を得たいとねがった」のだそうだ。
 老いた漁師が、かつて喪った娘の代わりに拾い上げた女の子を養女として育てていたのだが、それが水の精ウンディーネであった。美しい娘に育ったが、森を探った騎士フルトブラントと結びつく。ウンディーネとすれば、これで魂を得ると喜んだのだが、精霊の世界には掟があった。その男と離れたら水に消えねばならない。しかし騎士には、別に婚約者がいた。その婚約者にも、曰くがあるのだが、そのベルタルダが、かなりヒステリックに描かれているのは、フーケーの趣味というところだろうか。
 訳者は、軍人だったフーケーが、遠征のときに少女を見出して結婚したが、別れたという事情が、この物語の描写に影響しているのではないか、と説明していた。
 単に妖精のキャラクターがそこにあるだけではなく、それを美しい物語として世に出した作者は、これほど受け容れられるとは、きっと思ってはいなかったことだろう。こんなにも、後世この人の創作した物語が、ウンディーネそのものとして世界に拡がってゆくことになったのだ。こうして私のところにも届いたくらいなのだから。  ウンディーネは、騎士と向き合い、初めて自分のことを紹介する。そのときの言葉だけ、お伝えしておこう。「その人たちは水の女の美しさをそれからそれへと語りひろめましたが、人間はそのような不思議な女たちをウンディーネと呼んでいます。そのウンディーネ
の一人を、あなたは今、目の前に見ていらっしゃるのです。」(p69)
 ジロドゥーはフランス人だから、ウンディーネという名をオンディーヌと呼ぶ。もし他の場所で、オンディーヌという名をご覧になったら、この物語との関係を見出すようにするとよいかもしれない。
 場面は比較的短く移り変わるし、物語は展開もスムーズで読みやすい。この物語を一度見ておくと、またあちこちでいろいろ、この名と出会うことがあるのではないだろうか。事実私も、最近読んでいた別の本で、この名がさりげなく登場する場面に出合った。きっと今までも、出会っていたのだろう。知らないということは、そういうことなのだと感じ入るのだった。




Takapan
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