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『AIの礎を築いた天才数学者 アラン・チューリング』

ホンとの本

『AIの礎を築いた天才数学者 アラン・チューリング』
松尾豊監修・長田馨まんが作画
KADOKAWA
\980+
2024.1.

 角川まんが学習シリーズ「まんが人物伝」の1冊。小学生が読めるようにできているし、内容はほぼすべてまんが、そしてふりがな付き。いつも言うことだが、これを大人が見るとよいに違いない。なにしろすぐに読める。そして、頭にすうっと入るのだ。だから子どもたちを差し置いて図書館から借りるという私は、子どもの敵であるかもしれないが。
 さて、チューリング・マシンで有名なアラン・チューリングであるが、数学的な天才であることと、ドイツ軍の暗号を解読したという功績くらいは聞いたことがあっても、関心を以て調べたのでなければ、どういう人物であったのか、についてはとんと疎いものである。そういえば、同性愛者のリストにあったかもしれない……という辺りがせいぜいのところであった。
 それを、子ども向けの本で読むと、なんと心にどんどん入ってくるものだろうか。難しい理論も、「Hut8」だとか「クリブ」だとかいう名前だけは、子どもの心にも残りそうである。いつかふと、その名を再び耳にしたとき、なんだったっけ、と調べてみる子が現れるかもしれない。そして、数学の面白さに魅入ってゆくことになるかもしれないのだ。意味が分からなくても、その「言葉」を示しておくことは、大切だと思う。
 本書の物語自体が、よくできている。1992年、ひとりの女の子が、学校に行くのを渋っていた。「親友」とケンカをしたのだ。しゃがみこんだ女の子を見つけた、屋敷に住む女性が声をかける。恐らくこのとき75歳。庭でテーブルにリンゴを置いて休んでいたのだったが、ここで子ども心を理解して、じゃあおばあちゃんの話を聞いてくれるか、と持ちかける。女の子は屋敷に入り、彼女の話をじっくり聞く、という設定である。
 その話とは、アラン・チューリングの生涯であった。彼女は、途中から、というよりずいぶん後のほうになって、チューリングの生涯に登場することになる。
 チューリングの少年時代から話は始まる。親から離れて育つ境遇もあってか、一種の発達障害のような様相を見せ、一風かわった子どもであったようだ。孤独をかみしめ、学校の勉強についていけなくなった。母が戻ってきて、教育を施すが、やがて寄宿舎生活をするようになる。ここで、数学の面白さに目覚める中で、上級生たちと交わるようになる。そのうちのひとり、クリス(モーコム)に、アランは恋をする。不幸なことに、このクリスは夭死する。
 アランはケンブリッジ大学に進み、才能を開花する。このあたり、ヒルベルト・プログラムやゲーデルの不完全性定理という言葉をぶつけ、けっこうこみ入った解説を施しているのには驚く。あまりチューリングとは関係がないように見える「エラトステネスのふるい」に具体的に時間をかけていた展開は、子どもにも少しでも分かりやすいサービスかと思いきや、調べると、チューリング・マシンでこの素数を求めるプログラムを実際弾き出していたことが分かった。なかなか巧妙な物語となっている。
 そこでお願いがある。以下、私には珍しく、この物語のネタバレを以下、記している。ここまでお読みになり、本書に関心をもたれた方は、ここから下はご遠慮して戴きたい。そして、以下のことは、本書に直に触れて、お楽しみ戴きたいのである。  さて、ここからはネタバレが始まる。
 トリニティ・カレッジに来たアランの場面に、やけにリンゴを握りしめる画が続いたが、これは白雪姫か、と叫ぶという、不自然な件があった。実は、最初のおばあさんのリンゴといい、この白雪姫といい、物語の最後であっと言わせる伏線になっている。
 時代は、第二次世界大戦へと向かう。ここでチューリングは政府に呼ばれ、極秘任務に就く。ドイツ軍の暗号解読のミッションである。ドイツ軍の名だたる暗号機「エニグマ」の仕組みもきちんと紹介し、それがもたらす暗号に挑むチューリングなどの人々の労苦を説明する。
 あのおばあさんも、このスタッフの一人だった。才覚豊かだったが、女であるゆえに学位がもらえなかったということも明らかにしている。後でちらりと回想場面で「ジョーン」呼び合うことから、この女性、いまはおばあさんとなった人物は、ジョーン・クラークであることが分かる。が、さらりと読んでいく子どもにとっては、そこまでは分からない仕掛けになっており、本書の中でその人物像についてそれ以上明かされることはない。だが、だが、少し繙いてみると、アランの生涯の中で、唯一女性としての恋人であったらしい、という話に出会う。ジョーンは女の子に、アランは「親友」だったのだ、と話す。が、ここまでジョーンの話をずっと聞いていた女の子には、なんとなくピンときている。
 そして、ジョーンはこの女の子に、「親友」と仲直りしなさい、と励ましたので、女の子は走って友だちに会いに行く。女の子と仲直りして抱き合う二人。それは、アランとクリスの二人の姿にも重なって見えるように、誰もが感じるだろう。
 スタッフの暗号解読は、ドイツを追い詰めて第二次世界大戦を終結させる時期を何年も早めた、とも理解されている。だが、国家機密に関わっていたアラン・チューリングの功績は、一般には知られることがない。そればかりか、同性愛だということが明らかになると、一斉に迫害が始まる。そういう時代だったのだ。
 アラン自身は無神論者だったという。そこへ、神への信仰を促す教会の教えに基づく考え方が、同性愛者を追い詰めてゆく。アランは服毒自殺した、と公式見解は述べている。だが、身内はそうではない、と考えていることまで、本書ではジョーンの口を借りて触れている。遺体発見現場には、囓りかけのリンゴがあったのだ。
 ジョーン・クラークは、この四年後に永眠している。




Takapan
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