本

『スウェーデンボルグ』

ホンとの本

『スウェーデンボルグ』
高橋和夫
講談社学術文庫2650
\1000+
2021.5.

 カントを読む者として、この人物への興味は尽きない。霊界はカントにとり叡知界と呼ばれるが、そこに不思議な力を発揮してアプローチする先人として、スウェーデンボルグの言動はカントにとり強い関心を呼ぶものであった。
 それはさておき、この人物は大著を成している。今でいう超能力を発揮し、当時からセンセーショナルな報じ方で注目を浴びていたようである。その霊界を見る眼差しは、聖書に基づくものであった。
 スウェーデンボルグが知られるのは、このようにややオカルト的だと見られる領域においてであり、それに関心のある人はマニアとなりうるものであったが、本書はサブタイトルに「科学から神秘世界へ」と付けている。ここがやはり特徴であると言えるだろう。つまり、スウェーデンボルグは、当時の科学の発展における先駆者としての側面をもっていることを強調してくれるのである。
 もとより、当時は今私たちが言うような科学という考え方とは違うパラダイムの中にあった。カントにしても、自然科学者であり数学者であり、地理学者であったり論理学者であったりする。少なくともそうした著作があり、大学で講義を受けもっていた。生活を支えていたのは、こうした多岐にわたる分野での講義なのだった。大学教授という立場により研究がなされるようになったのも、このカントを嚆矢とすると見て差し支えないわけであるから、スウェーデンボルグが土木鉱山関係の役人であったとしても、何ら驚くことはない。また、多くの分野にわたる知識人であったことも、さもありなんと受け止めて問題はないだろうと思う。
 カントはキリスト教会に批判的な眼差しを向けており、理性宗教を体系的に論じた。スウェーデンボルグもまた、キリスト教会に遠慮なく批判をぶつけており、こちらは霊的な聖書解釈に基づいた、やはり独自の体系を立てている。
 オカルトを抜け出て関心をもったとしても、通常はこの辺りまでで人々の関心は止まるものである。が、本書は科学者として出発したスウェーデンボルグからまず描く。天文学や機械工学についてただならぬ才覚を発揮したこと、そこから宇宙の構造についての優れた見解を示したというところをまず見せてくれる。
 しかし、人体への神秘は、宗教への目覚めとなっていく。こうして神学的な見解を重ねていくことになるのである。
 本書は後半で、創世記の彼の解釈などを詳しく論ずる。その意味では、適切な聖書の理解を以てお読み戴きたい。聖書を読んだことがなく、最初にこの解釈から入ることは、こちらを本筋だとする偏見をもちかねないからである。もちろん、スウェーデンボルグ自身はこちらの解釈をこそ真理としているわけだが、彼を読み解いていくためにも、オーソドックスな聖書の考えと理解をまず見ておくことを願いたいと思う。
 そうなると、神や宇宙についての彼の考えも、位置づけが少しできてくるかもしれない。また、イエス・キリストは「神人」として徹底的に打ち立てるスウェーデンボルグの見方も、ひとつの解釈なのだと感じることができるだろう。そこには、いわゆる「贖罪論」への徹底した批判がある。聖書についてこの「贖罪論」は、確かにオーソドックスな救済論の要である。だがこれに対しては、現代では懐疑の目を向ける人も少なくない。旧約聖書の燔祭などがそのままキリストの死の意味なのだろうかと問うのである。しかし、そうなると私たちの救済がどこにあるのは、基盤が崩れかねない面もある。となると、スウェーデンボルグの救済について、罪について、どれほどの個人的な食い込みがあるのか、また問われるところであるかもしれない。
 晩年について最後に触れられている。「新エルサレム教会」なるものを求めたが、これにはちゃんと後継者が実現させた。ある意味で異端に過ぎないのだろうが、いまなおその流れは細々とではあっても受け継がれているのだという。ということは、スウェーデンボルグの聖書解釈は、必ずしも破綻していなかったということである。それもまたひとつの解釈として信頼されたのである。
 そればかりではない。スウェーデンボルグの思想は、あらゆる文化的側面で、影響を与えたことが紹介されている。文学者に多いのはうなずけるが、コナン・ドイルやヘレン・ケラーは特に有名であると言えよう。神学者や哲学者にも少なからぬ影響を与えたのはもちろんのこと、ドストエフスキーも間違いなくスウェーデンボルグを作品に取り込んでいる。近年では「ニューエイジ」運動にもその流れがあるという。
 たんなる二元論から逸脱したのか、それを克服したのか、その評価はまたいまの私たちや、後世の取り上げ方によるものとなるだろうが、混迷の現代にあって、この天才の思想は、注目する価値を十分もっている。それで故国スウェーデンが、その神学著作全部を刊行する計画をいま進めているという。彼の手書き文書は、ユネスコの記憶遺産に2005年選定された。それはただ古い文書というばかりでなく、膨大な文書が、重要な情報として人類が受け継ぐ内容をもっているという評価に基づくものである。
 ひょっとすると、いまの私たちの「科学」についての常識も、洗い直すことになるかもしれない。スウェーデンボルグへの関心は、現状を打開するために、力となりうるものではないかという予感を与えてくれる、そんな心のこもった一冊であった。  但し、これがかつて講談社現代新書で出されていたものであったことは、購入して後で知った。こうした情報は、本を販売するサイトではその説明の中で触れてほしい。何もないと、私のように多くの読者は、いま書かれた新しい著作ではないかと思ってしまうであろう。こうして私は、同じ内容の本を、違う装丁で買ってしまったこともある。今回もそうだが、本の題まで変えてあると、気づくことは難しいのである。




Takapan
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