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『サロメ・ウィンダミア卿夫人の扇』

ホンとの本

『サロメ・ウィンダミア卿夫人の扇』
オスカー・ワイルド
西村孝次訳
新潮文庫
\476+
2005.8.

 元は1953年に出ていたこれらの作品に、「まじめが肝心」を加えた改版が1973年に出たのだろうか。ワイルドの名作が揃うこととなったようだ。
 もちろん目当ては「サロメ」であった。昔読んだような気がするが、聖書を題材としながら、相当に膨らませた心理劇となっている。ドラマを拡大して自由に演出したもので、殊にサロメがヨカナーン(ヨハネ)にエロチックな感情を抱きつつ、それが死をも求めることになるというところは見所であろうか。フロイトがタナトゥスについて述べ注目を集めたのは、ワイルドが作品を書いたよりも後のことであろうから、もしかするとフロイトはワイルドの作品から何かインスパイアされたのではないか、とも勘ぐってみたくなるほどである。
 「ウィンダミア卿夫人の扇」は、夫が他の女性と関係があるのではないかと疑うウィンダミア卿夫人を中心に巡る。自ら生活の破壊を試みようとする夫人が、夫の相手と目された女性から救われることになる、と言ってしまうとネタバレになるだろうか。しかし奇想天外な結末は、これどころの騒ぎではないので、お楽しみにお読み戴けるだろうと思う。
 上流階級の交際やマナーというものは、私からすれば無縁なものに違いないが、決して古びない訳により、無粋な私にも目の前の出来事であるかのように読むことができた。いや、それはワイルドの腕前に帰すべき栄誉であるのかもしれない。
 そして「まじめが肝心」は、最後までそのタイトルの意義が伝わってこないかもしれないが、それぞれの思惑が奇妙な空回りをしたり、絡み合ったらしながら大団円へと導かれる、大がかりな喜劇である。まあ奇妙な思い込みというか、勘違いというか、あるいはなりすましというか、登場人物の特に男性たちが、それぞれの思惑の中で複雑な位置関係を示す。女性との結婚を求めつつも、その母親からは疎まれる。なりすましがなりすましを呼び、婚約を誓いつつも先行き見通せなくなり事態は混乱の一途を辿る。しかし「ウィンダミア卿夫人の扇」と同様、不思議な血縁が発覚し、大団円を迎えることになる。
 訳者は、この戯曲の面白みを伝えるために、背景となる街の知識や貴族の習慣などを細かく括弧で即座に注釈を入れてくれ、理解を助ける。また、原語で用いられている洒落のようなところも、解説を入れて、台詞に仕掛けられた言葉遊びを教えてくれる。
 きっと、これを舞台か映画で見たら、ずいぶんと生き生きとその構成の素晴らしさが伝わってくるのだろう。残念ながら凡人の私には、戯曲を読むだけでは、人物の関係や背景がごちゃごちゃになって、楽しめるというところにまで至らなかった。すでに何度も映画化されているので、どこかで観てみたいと思う。
 また、宝塚歌劇団でも数度にわたり上演されているという。ワイルドのものがどうアレンジされていたのか知らないが、きっと面白かったのだろうと思う。
 岩波文庫の「サロメ」だと、ビアズレーの有名な挿絵が収録されている。それはこちらにはない。だが、岩波のその本には他の2つの作品は入っていないから、私としては、これら3つ揃ったものをお薦めしておきたい。




Takapan
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