本

『戦場から女優へ』

ホンとの本

『戦場から女優へ』
サヘル・ローズ
文藝春秋
\1300
2009.1

 2009年6月17日、NHK朝の「ラジオ・ビタミン」の10時からのゲストタイムに、彼女は登場した。日頃バラエティ番組を見ない私は知らなかったが、最近テレビでよく見る若い女性であるという。だが、その話は、全くおちゃらけたものではなかった。
 この番組を聴いて、日本中に感動の渦が起こった。すでに1月にこの本が出ており、知っている人はよく知っていたということなのだが、私のように、彼女のことを知らない人は少なくないと見え、大きな反響があったのだ。
 早速その日のうちに、この本を探して読んだ人もいたのではないだろうか。少なくとも、ここに1人いたのだから。
 私は図書館というところに行く。幸い、ここではそのラジオから本のことを思い立った人はいなかったようだ。すぐに借りて、その日の仕事に往復する電車の中で読み終えた。番組を聴いてその生い立ちについては知っていたので、読みやすかったのもある。
 不幸自慢などと思う人も、いるかもしれない。キャラづくりだろうなどという芸人の指摘も事実あったらしい。
 だが、人の生き死にをそんなふうに捉えるということ自体が、すでに病んでいる。平和ボケというのは、そういうことを言う。断じて、理想平和を訴えることが平和ボケなのではない。番組では、口で言えば「平和」というただそれだけの言葉だが、実現することは簡単ではない、という意味のことも彼女は挙げていた。そう、いのちというものは、センチメンタルに扱うものではないのだ。だが時に、平和ボケなどと指摘する面々の中に、自己犠牲の戦争映画を作りセンチメンタルな雰囲気を作ろうとしている場合すらあるのだ。
 孤児となった彼女を引き受けたフローラという女性は、もちろん輝いている。ムスリムとして、人を助けることに一種の義務を感じていたにしても、それだけでできることでもないだろう。ラジオ番組では、最初の小学校の「給食のおばちゃん」のことが印象的に語られていた。日本語を教えてくれた校長先生もそうだったが、日本人の中にも、助けてくれた人が多々いたことが、NHKのつけた方向性だったのかどうかは知らないが、番組としてうまかったと言えるかもしれない。村上アナは、「捨てる神あれば拾う神あり」という言葉を持ち出してきたが、そういう点でも、人の情けの大切さは伝わったことだろうと思う。
 いじめられた苦い時代としての中学校のときのことが、皮肉なことに詳しく描かれ、比較的楽しかった高校時代のときのことは、ページ数の関係からか、あまり紹介されることなく、大学から今のメディアへの動きが多く記されていた。番組の中でも、オスカーを取って母親に渡すのが夢だと言っていたが、境遇やいじめの中で自己を閉鎖していたという時代の彼女とは反対に、自分を外に出して表現する様が示されていたということになるであろうか。
 受けた傷は、すっかり癒されたとは言えないかもしれない。だが、ムスリムの神も聖書の神と同じ。神の下に立つ人に与えられる力は、確かなものだ。これは、この種の信仰に立つ者として、感じとる直感である。感情的には山あり谷ありであろうが、こうした証しが世に出て、多くの日本人に知られることになることは歓迎したい。むしろ、そこに描かれた生き方の背後にある神の摂理や神への信仰が、明かされてほしいと願う。
 魅力的な女性であることは、人間として立つ岩があるということでもある。そのことがよく伝わってくる本であると思った。




Takapan
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