本

『宗教改革の精神』

ホンとの本

『宗教改革の精神』
宮田光雄
創文社
\1200
1981.11.

 なんだか以前から読まなくちゃと思っていたような気がする。もしかすると一度読んだかもしれない。怪しい。著者については知っている。だから論じ方もだいたいの見当がつく。しかし読まねばならぬという必要性が薄く、どこまでも趣味程度で読む気持ちでいたから、ずっと「あすなろ」式に先延ばしにしてきた。
 このたび、たいそう安く入手できる機会を知り、踏ん切りをつけた。
 予想通り、毒のない、とても素直な書きぶりである。文章の巧さは、するするとすべての言葉が喉を滑っていく。もちろん、それは独創性がないなどという意味ではない。鋭い解釈や主張は随所に見られ、はっとさせられるのであるが、しかしやはりそれはどこか優等生的な発想であるかのように見えて仕方がないのである。
 批判ではない。私も、たぶんにそうなのだ。私はもっとひどく、論拠も何もなく思いつきで、しかも何かよい子ちゃんのような構えで偉そうに語るのであるから、読んでもらえる意味すらないようなものである。しかしこの著者は違う。確かな足取りで政治史を研究して来られた先生であるし、なによりキリスト者としての信仰に根付いた考え方の土台というものがある。信仰は思想を不自由にすると思う人がいるかもしれないが、そうではない。とてつもない堂々とした振る舞いができる強みは、信仰あってこそというふうに私には見える。
 本書に収められている論文や講演原稿は、ばらばらに書かれたものであり、章により別のものであるから、読者はいわば好きなところから読み始めることができる。並べられているのは、宗教改革について、著者が中心的なことがらと思うところから入っているのかもしれない。その意味で最初に「ルターと宗教改革の精神」と正攻法で入ってくるのは当然なのであるが、ユニークなのは、次に「無教会運動の歴史と神学」を置いていることだ。もちろん内村鑑三がメインになるのであるが、宗教改革を書いた本ではなく、宗教改革の「精神」と銘打っているのであるから、これはやられたという印象だ。そう、無教会運動の中に、紛れもなく宗教改革の「精神」を解いているのである。
 無教会運動は、近代日本精神において、大きな転換点となったと著者は位置づける。それは形式的な教会組織や儀式に重きを置くのではなく、信仰そのものを真正面から問うたというのである。まさにそれは、宗教改革の「精神」に重なるものだと言われると、なるほどといえる。イエス・キリストとの生きた出会いが最も大切なものである、と断ずるあたり、好まない読者もいるかもしれないが、私はこれを喜ぶ。そして、何も宗教改革のようなものだぞ、と言いたいだけではなく、ほんとうに日本を変えていくには何が必要かを追究する、純粋な動機をそこに宿していることが伝わってくる。著者自身が無教会の徒でもあるのだろうが、だからと言って自己の正当性を語るというつもりはない。宗教改革に匹敵するようなその「精神」を明らかにしようとするのである。
 この願いは、次の「現代社会における教会革新」という章で、よりアクティヴに展開する。いま教会はどういうふうに変わっていくべきかを問いかけるのである。それはもちろん、思いつきで並べたり経験的に意見を述べたりするのでなく、歴史と神学を踏まえつつ、ていねいに解いていく。これが実に勉強になるということに言及しておかなければならない。あまりにも読者層を上げた専門的なものというわけではない。かといってあまりにも一般読者に媚びたようなイージーなものでもない。きっちりと論拠を構え、背景を説いていくのだが、それが衒った感じがなく、至って分かりやすい解説を施してくれていると思うのである。もちろん、そこにこめられた主張は著者独自のものであってよい。小さな信仰のグループの重要性を説くあたりは、無教会運動の声と言ってもよいものであろう。そして、政治的なことにも目覚め関わっていくということの意味を明らかにしていく。そこは読者がまた個人的に相対すればよい。
 終わりに三つ、芸術方面から描くものがある。これが珠玉の作品のように私には思える。ルターは讃美歌をよくつくったが、「ルターのクリスマスの歌」にこめられた秘密に着眼するあたりは、趣味の深い著者ならではのことであるかもしれない。宮田光雄著作集には、一冊芸術関係のものだけを集めたものもあるくらいである。それから「デュラー」を紹介するものがある。これも私はたいへん勉強になった。最後には「バッハ」である。バッハを論じたものは世に多いが、実にシンプルにバッハの生涯と背景を、しかも読者が道に迷わないように重要な灯りだけを掲げて道案内をしていくあたり、親切としか言いようのない配慮である。たいへん読みやすい小作品ができあがった。
 無教会運動に心を込めた偏りはあるかもしれないが、概ね物事を分かりやすくよく解説してくれ、読みやすい。確かに少しばかり発行から時間は経ったが、学生にもぜひここから何かを学んでほしいし、アダルトな方々も、自分の心をまとめるのに役立つものではないかと思う。まだ入手は可能な本であるうちに、如何だろうか。




Takapan
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