本

『現代哲学の最前線』

ホンとの本

『現代哲学の最前線』
仲正昌樹
NHK出版新書627
\900+
2020.7.

 骨のある新書であった。生半可な哲学の知識では太刀打ちできないほど、ハードな勢いを感じた。話題はごく最近の、と言ってもよいような思想界の動向である。最近と言っても、ざっと百年前に生まれた思想家あたりからが射程といってよいだろうか。
 構成は明確である。五つの章に分かれ、「正義論」「承認論」「自然主義」「心の哲学」そして「新しい実在論」である。この最後の新しい実在論については、NHKがガブリエルを好意的に取り上げて番組をつくるなどしているため、またセンセーショナルな著作が世間に響いていたため、聞いたことがある方もいることだろう。
 この五つの観点は、帯の裏側に書かれてあり、世界を見渡すために簡潔な内容紹介となっていて、優れている。
 ロールズ、サンデル、といったあたりはマスコミ的にも知られやすいだろうし、ローティやデリダはもう権威でもある。こんなメンバーに加えて、それぞれの分野での思想グループ、あるいはその思想方面での展開を彩った哲学者たちがふんだんに紹介される本として、簡潔ながらおそらく十分に、「最前線」を教えてくれていると言えるのではないだろうか。
 少しばかり哲学として言われていることを口にするとカッコイイという風潮もいまはある。かつては風変わりな青年がどこか仙人か狂人であるかのように見られていたものだから、市民権は与えられてきたのだとすれば進歩であろう。しかしそれは物知り知識ではない。こうだよね、とファッション的に語るわけにはゆかない。
 たとえば最前線と言いながら、正義論の結末みたいな部分では、プラトンのイデア論と、バランス重視のアリストテレスとが比較され、ここを現代の思想家たちもちゃんと見ている、むしろそここそが重要な観点であると考えているのだ、というような言い方をする。哲学は厚みのある分野であり、人間の思考枠というものが、ある程度時代の展開と状況の中で説明の言葉を変えてきたのだという程度のものなのかもしれないことを示唆する。
 だから現代思想と言いながらも、カントやヘーゲルを基本に置かなければひとつも説明がなされえないという場合もありうる。いったい私たちは、他者をどう理解しているのだろうか。どう理解してはならないのだろうか。他者とは何であって、自己とは何であるのか。人と人との関係性へと向ける眼差しは、恐らく政治的問題や社会的な拙さを改善していく力となりうるであろう。
 また、脳科学の発展とともに、人の心についての関心がいっそう増しているのも現代の特徴である。さらにそれは、AIという問題と対峙していることとなり、現実に活用されてきているAIをどう扱うべきかという差し迫った問題と共に、だからこそ人はAIとどう違うのか、それとも人の「心」と呼んでいるものの正体も、物質的な反応に還元されたほうがよいのかどうか、問い詰めなければならない時代になってきた。クオリアという概念で説明しようとする人もいるが、いまもってそれは曖昧な中にあるように思われる。そうしてあれこれ議論している間に、確実にAIの研究は進んでおり、実用化されていく。やはりそれは緊迫した問題なのである。
 また、これを人間の側から見た捉え方で思索するところに、自然主義の問題が拡がっていくようにも見える。では人には「自由意志」というものはあるのだろうか、という、人類がかねてから問い続けてきた問題である。近年において歴史の中の問いと違う部分があるとすれば、神を根拠にしなくなったということであろうか。むしろ、その問いを「言語」を以て考察しようとする向きが濃くなっている。分析哲学が勢いを発揮した時代は過ぎたかもしれないが、以前として言語への問いは続いており、むしろ基本事項として定着しているとも言える。この言語が、AIの問題にも直結しているだけに、この辺りはあまりに分野別に切り分ける必要はないだろうと思われる。
 カントにより、人間の認識能力や機能が、実在の真実の姿ではなく現象として人間に理解されていることが指摘された。カントはそのことで、自然科学の妥当性を説明すると共に、人間の計り知れないものが実在しているという余地を残し、そこに道徳法則を位置付けた。だが人により、世界はどのように認識されるかが本当に一致するのかどうか、人間だというだけの規格により世界は一つに定まっているとしか言いようがないのか。問われる可能性は多々残されていた。もはやそのような「世界」が実在するということは定めにくくなったものの、私たちは、何ものかの実在性をすべて否定して観念の中に貶める必要はなくなったのではないだろうか。かといって、私の認識する世界像こそが唯一の真理である、という妄想に囚われるのもどうかしている。
 個人主義の極みが弊害をもたらす中で、私たちは本書で取り扱われたいくつかに分類された観点を、きっと別々に理解してそれでよしとするのではなくて、本書の場合は五つに分けたのであるが、結局のところ、これらの五つが結びついて、私たちの今後の「世界」を模索していくことになるのではないだろうか。しかも、それは一定の「世界」に規定されていくのではなくて、平和なり存続なり、もはや人間が簡単にそれを破壊することが「可能」になった力をもつ歴史を手にしてしまった中で、破壊や滅亡を避けるために、こうした観点が、危険性を取り除くことへと役に立つのであれば、と私は願うものである。




Takapan
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