本

『ローマ法王』

ホンとの本

『ローマ法王』
竹下節子
角川ソフィア文庫
\800+
2019.10.

 新刊だとして取り寄せたら、この本は2005年に中公文庫になっていたという。しまったと思ったが、終わりの方の章だけ加筆されているという。それで、最新の情報は含まれていることで安心した。さらに、それまでの部分でも、たとえば統計的な数字については、新しい数字が記されており、助かる。
 カトリック方面での歴史や生活に詳しい著者は、近年このような読みやすい書をよく提供してくれる。だがそれは入門書というにはかなり突っ込んだもので、私たちが見ないような角度で切り込んでくるという印象を与える。
 今回も、ローマ法王について、ありきたりの紹介ではなく、歴史的に特に深い事情を、しかも簡潔に伝えてくれる。高校の世界史を履修した程度の知識があれば、かなり楽しめるものとなっている。
 正式には「教皇」であるはずだが、本書では「法王」という、いくらか親しみやすい呼称で統一されている。そのことについての言及は特になかったが、それはそれでよいだろう。
 まずはローマ法王とは何者かというあたりから入る。世界的に大きな影響を与える存在だということを読者に理解させた上で、ヴァティカンというものについて詳しい解説を施す。それは聖書の時代から続く教父、そしてローマ帝国における発展へと話が進み、幾多の法王の業績の評価や、そのエピソードをふんだんに盛り込んでくれる。恐らく必要不可欠な知識は漏らさず網羅しているのではないだろうか。
 中世にはひとつの権威ある地位として欧州世界で最大の力をもつようになるが、宗教改革という時代を迎える。カトリック側から見れば宗教改革に対していろいろ批判を向けることも可能であるはずなのだが、本書では冷静に、カトリックが立ち直るための出来事として告げ、決してプロテスタントを悪く言うようなことはしない。この点、実際プロテスタントの方は知らない、あるいは知りたくないような部分が目立つような気がする。確かに宗教改革当時にも、プロテスタント側の足並みは揃わないし、どこかえげつないこともしているし、また政治の力を借りたり、偶然のことのように乗り越えてきた実態があるとも言える。カトリックは以前にはこのプロテスタントの有様を異端同然に見ていたし、日本のカトリック神学者でも、戦前の方はプロテスタントを殆ど悪魔呼ばわりしている。私はプロテスタント側に立っているので、そちらにいる人の見解をよく知っているが、宗教改革が当たり前に正しくて、キリスト教の正統はこちらだという前提や思い込みをもっているような空気が少なくない。このあたりは、互いの理解が必要であろうし、その点プロテスタントのほうも、認識を改めなければならないことを感じる。
 さて、その後第二ヴァティカン公会議が、カトリックの思想を大きく変える。現代的になったといえばそれまでだが、かつての歴史の中のガチガチの理解から抜け出して、現代的な理解をする教会へと変貌するのである。続いて、ヨハネ=パウロ二世の登場が、いまのローマ法王庁の姿に直結する変化を見せる。ポーランドから選出された初めての法王は、世界中を飛び回り、世界の政治に大きな影響を与えるようになる。それも、政治的な活動をしたというよりも、教皇のメッセージが、各国の政治判断を変えていくのである。ポーランドといえばその頃ワレサ委員長の「連帯」が、国を大きく変えようとしていたが、法王はここにまさに「連帯」するのである。
 そして、ドイツの法王、アルゼンチンの法王の誕生へ、すなわちまさに現在へとつながっていく世界を紹介する。まさにこれは世界平和や世界的な思想の変化に大きく関わっていることになるのだ。
 これはカトリックに限らないが、とくに独身制を強いるカトリック教会の司祭の規定が、スキャンダルの多さや時代の考えもあって、揺らいでいる。これは今日昨日というレベルで、報道の中にもあるものである。聖書の文字の議論に拘泥しすぎないカトリックは、聖書を現実の生活や政治に活かすことへと目を向けやすい。その意味では、聖書研究に余念がないプロテスタントのほうが、現実への声明や影響という点で遅れているとも言える。理屈は豊富だが、現実社会を動かす力にはなれない。カトリックのことを誰がどのように言おうと、地上におけるキリストの教会としての自負と責任感から、カトリック教会は、現実に関わる活動をやめるわけにはゆかない。
 いま「生きづらさ」という言葉が日本に蔓延している。生きるための危機が忍び込み、人を病ませていると言えるのかもしれない。私たち自身が、そして私たちの次に続く世代に、何を伝えていけばよいのか、そんなところにまで思いが及ばないほどに、焦っているのかもしれない。しかし、そこに目を向けることで、むしろ今の問題すら解決する糸口が与えられていると言えるのではないかと思いたくなる。カトリックの強かさは、聖書解釈云々というところを超えて、この世ではたらく力を有しているような気がするが、それというのも、このローマ法王という存在がリードし、また動かしていくのだとすると、やはりこの立場というものは、現代世界、そして未来の世界においても、至上の重要さを有しているかもしれない。家族や世襲ということにいまのところ関わりのない法王だからこそ、できる方策というものがある、と著者は幾度か漏らしている。確かにこれは大きいのではないか。通例の大統領云々とは別の視点がそこにある。しかも政教分離という人間的な原則からも解放されている。
 ローマ法王とはなにか、知りたい場合に、大いに助けになる、そして興味深い読み物として、この小さな文庫は力になるものであろう。




Takapan
ホンとの本にもどります たかぱんワイドのトップページにもどります