本

『哲学がわかる 形而上学』

ホンとの本

『哲学がわかる 形而上学』
スティーヴン・マンフォード
秋葉剛史・北村直彰訳
岩波書店
\1800+
2017.12.

 岩波書店もずいぶんと明るくなり、いまやこれくらいのブルーのデザインで騒ぐ必要はないだろう。冠のように「哲学がわかる」と掲げているシリーズももう何冊目かである。もうそろそろ、このシリーズを大々的に表に出して、もっと盛大にこのシリーズを売り出してよいのではないかと思う。
 著者自身、「はじめに」に書いているように、「哲学者が形而上学をどのように理解し、実践しているかを初学者に紹介する」のが本書の目標である。
 そのための大きな特徴としては、哲学用語を駆使しないことである。へたに哲学を学んだ学生だと、そのような特殊な言葉を使うことで、簡単に概念が言えるような気がするものであるが、それはもしかすると、プライドを満足させるだけのものであるかもしれない。しかし、その実本人が、その概念について深い十分な理解をしているわけではないかもしれない。いや、その元学生として証言するが、私は正にそうであった。難しい言葉を使ったら、自分が何か偉くなったような錯覚をしているのであった。
 本書は、驚くことに、本当に形而上学の何たるかを全く知らない学生のために書かれている。そうしたことは、本編が終わった後の「解説」に詳しく書かれている。しかも、その「解説」には、本書の意義や論点が、きちんと書かれている。もしもそれを先に読んだら、本書を読む必要がないくらいに、本書の内容は全部整理されてしまうことになるであろう。
 しかし、もし本当にそうしてしまうと、議論の面白さをすべて無視してしまうことになる。前以て論点を押さえておいて本論のガイドとする、というのなら反対はしないが、できるなら、丁寧に喋ってくれる親切な大学教授の言葉に従って、歩んでいったほうがよいのではないだろうか。
 そのため、ここで粗筋を示すこともやめておこうと思う。ただ、形而上学とは「なにについての学」なのか、というのが本書で目指されている目標であること、そして実は私たちが関心をもつような項目が案外扱われていないことがあること、その辺りは後からご不満をもたれないようにして戴きたい。
 さらに、その「解説」であるが、日本語での「形而上学」という語の由来やその意味については、たんなる教養としてでもよいから、後で知るとよいだろう。これは哲学を専攻したら、恐らく学ばないはずはないことである。しかし、この「解説」の優れたところは、その「形而上学」と呼ぶものについて、実は大きく二つの捉え方があるということを、実に明晰に示したことである。「形而上学」はアリストテレスの遺した書に基づく。アリストテレス自身は「第一哲学」とも呼んでいるが、そもそもその「形而上学」という名づけ方は、アリストテレス本人というよりも、後世の西洋人たちが理解したものである。具体的にはここでは詳述しないが、まるでイエスの語ったことを、後の時代の人が自分たちの文化の中で自分たちのために理解したように、アリストテレスの形而上学は、本来のものとは違うイメージで広まっていった面がある。ではどのようにそれは異なるのか。それを、「解説」ははっきりと教えてくれるのである。
 あまりにも抽象的な、自然や現象を超えたもの、というよりも、私たちの身近な現象から考え得ることではあっても、経験的内容を超えたものについて考察する形而上学というものがあって然るべきなのである。その意味では、本書の述べる題材や例は、非常に卑近なものも含まれる。あまりにも目に見えるような事柄ばかり話題にするということであるが、いったいそんなことを考えて何の役に立つのか、というようなところへまで読者を連れて行く。まるで、子どもが素朴に興味をもつようなところへ、思考を導いてくれるのである。
 言うなれば、目の前の生活のために何をするか、というところを離れて、もっと純粋に知的な関心というものを働かせること。そうしたことに興味が全くないのであれば、本書をそもそも手に取らないかもしれない。少しでもそれが面白い、という気持ちがあるのであれば、そしてそういう世界にちょっとばかり時間を使ってよいかな、と思うような人であれば、本書はなかなか親切なガイドとなるであろう。凡そ「形而上学」ということについての本を読んだことがない学生のための本である。
 もちろん、著者自身の立場というものもあるし、哲学界でのひとつの意見に過ぎない、と言われればそれまでである。だが、著者が言うように、何かしら心の平安を求めて形而上学をやってみよう、というのとは正反対に、形而上学をするため、心を健やかにしておくことが必定である、というのがなるほど正しいところであるのかもしれない。
 いろいろな立場の思想を紹介しているのも事実であるから、本書をきっかけにして、興味があればまた次の世界に足を踏み出すとよいだろうと思う。そのための、著者による英語の、また訳者による日本語の、文献ガイドもなかなか充実している。もちろん、優れた本にはきっと載っている、用語の索引も、ちゃんとある。




Takapan
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