本

『哲学マップ』

ホンとの本

『哲学マップ』
貫成人
ちくま新書482
\780+
2004.7.

 新書という限られた制約の中で、哲学史を描こうとするのには、無理がある。取り上げねばならない哲学者は数多いし、その一人について紹介したいことは多々ある。しかも、タイトルには「マップ」と付けている。哲学史に登場する哲学者の系譜を、ちょっとした相関図のように、示そうというのである。
 これは、ちょっと期待しなければならなくなるではないか。
 本書は、切り込み口を変えてくる。古代哲学史・哲学者誰それ・思想や著書、こんなたどり方をするつもりは毛頭ない。そもそも人間は、なぜそれを問うのか。問うことをさせる時代はどうだったのか。つまり、どういう時代がその哲学を生み、また、その哲学がどういう時代を生んでいったのか、そこを問いながら、思想の意味を見出そうとする必要があるだろうと思うのだ。
 著者がまず問うのは、「それにしても本当のところはどうなっているのか」である。これは、いかつい哲学者の問いというよりも、私たち一人ひとりがふと思うはずのことである。そこを、哲学のはじまりだとカウントするのが、著者のスタンスである。これを真摯に問うようになると、そもそも日常の思い込み、何の疑いもなく真実として受け止めていること、だから問うこともしないことが、あるのではないか、と問うようになる。
 人間の思想を、地図として整理してみよう。すると、自分がいまどこに立っているかが分かるかもしれない。それが、実は分かっているようで全く分かっていないことなのだ。私は強く、そう思う。
 古代ギリシアについて始まるのは、第2章である。その前の箇所に問い続けられるものが濃縮されている。私は、そこが実のところ特に味わい深いと感じた。世界を外から眺めようとする眼差しが哲学の根幹にあることを指摘した上で、哲学的な問いそのものを段階的に整理する。
 第一は、「〜とはなにか」と問うこと。第二は、「それをわたしは知りうるのか」「わたしとは何者なのか」と問う。主観への問いであり、こうなるとカントの哲学的問いが思い出されるものであろう。第三は「一体なぜこのようなことを問題にしていたのか」「求め、望んでいた答えが手に入らないとわかったとき、どう気持ちを切り替えればいいのか」と問うこと。現代哲学がこうした問い方に明け暮れているようである。
 こう問うことで、世界を見る眼差しが変わってくる。それから、自分がどう生きるかについて、意識的な変化が始まる。ここに「哲学する」ことが始まるのだと、著者は理解する。
 こうした哲学史を把握するツールを調えた上で、哲学史の時代順に、検討が始まる。思想の流れがスムーズにつながるように、紹介するというよりも、思想の川の流れを素直に流れていくような、舟の漕ぎ方をしてくれる。キーセンテンスはゴシック体にして、そこだけを拾うことで、特に押さえておくべき中心的な部分を辿ることもできる。もちろん、それは一読した後に使うときのものだ。私は、サイドにラインを引いて読むし、フィルム附箋を春。今回、意識して附箋を極力少なくしようと計画していたが、そうなると逆に、厳選された箇所に附箋が立っていることになる。いつものように、鬱蒼とした附箋の生え方は抑えたのだ。
 現代哲学が、全体の半分を占めるのも特徴的だ。私たちの現在の問い、現代の問題が見えてくるように配慮されている。ありがちな、古代と近代を詳しく記すだけの西洋哲学史とは違うのだ。また、少ない頁数でごく簡潔にではあるが、東洋哲学思想にも触れている。中途半端な感じがしないでもないが、日本で暮らす人々に、日本思想について一歩踏み込んだ「哲学」をしてくれ、との願いのようなものを感じたのだった。
 最後に著者は記す。「哲学の内容を、レベルを落とすことなく、徹頭徹尾、わかりやすいように述べ、その全体像を把握しやすくしたのが本書である」のだそうだ。その目的は、達成されているように思う。さらに、気になった哲学者の思想に、読者がそれぞれ手を伸ばしてみれば、本書の意義は十分にあったということになるだろう。また、人々が「哲学する」ための手助けをしたことにも、なりうるであろう。日本の教育に欠落しているのが、哲学であると私は感じる。それだから、言論がおかしくなるのである。
 少しばかり世代が上の、力ある説教をなさる牧師の中には、哲学科出身の人が実に多い。物事をよく考えること、「哲学する」ことの訓練を受けた人の説教には、力がある。強い信仰をお持ちなのは、言語化できるからだ。昨今、国語力のない牧師が多い。言葉の軽視でもあるが、思索の重みを知らないからだ、とも言えると思う。神学校も、哲学を、しかも「哲学する」ことを、必修とすべきであろう。そういうときに、本書などは、手軽で重宝するテキストになるに違いない。これは将来のキリスト教界のための、真面目な提言である。




Takapan
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