本

『名著ではじめる哲学入門』

ホンとの本

『名著ではじめる哲学入門』
萱野稔人
NHK出版新書633
\950+
2020.9.

 切れ味のよい語り口調で、要点をずばりと語るのが小気味よい。月刊誌『サイゾー』に4年半にわたり連載されていたものを加筆・再構成したものだというから、雑誌でパッと人の目につき、短いコラム状の記事で読者の頭にスッと入っていかねばならない、というスタイルの文章だったのだろう。無駄なことを書かず、だらだらと語らず、だがひとつの本の要点を、しかもその哲学思想と哲学界に於ける意義とを伝える形で綴らねばならないわけである。
 要点を図版で示すことがあるため、新書にして一回分が5、6頁ずつとなっている。場合によっては、同じ本について2回連続で説明が続くこともあるが、概ね一度で仕留めている。
 著者は先ず「はじめに」で、「哲学の入門書を読むことと哲学者の著作を読むことのあいだに深い溝がある」と告げる。本書はそれ故に、「哲学史における名著の数々からその重要箇所を引用し、それをどう読み解けばいいのかを説明することで、哲学への理解を深めていこうとする」ものなのだと言う。多くの入門書には、著作を読むためにはどうするかという視点が欠けているのだそうだ。
 その結果、雑誌に少しずつ連載するというスタイルによって、1冊の中のごくわずかな議論だけでも取り上げて、本の要所を体験させることになったように見える。  ある程度テーマ毎につなぎ、数冊ずつを代表させるという形をとる。連載がこの順番であったのかどうかは分からないが、こうして書籍となるからには、テーマがまとめてあると読みやすい。先に挙げた著作との考え方の違いを知るかもしれないし、人間はどういう捉え方をするものか、について比較することもできるだろう。
 テーマは、先ず「哲学とは何か」「人間とは何か」に始まり、「自己と他者」、そこから「〜とは何か」に特化して、「道徳」「存在」と続く。ここまででほぼ300頁のうちの3分の1を費やす。記述は必ずしも時代順とは限らず、例えば「道徳」については、まずニーチェを取り上げ、それからスピノザに戻り、カントへ至るという具合である。哲学史を辿るというものではなく、考えるに適した素材を拾い、並べるというふうにも見える。ただ、ここまでの形而上学的な色彩の濃い議論においても、アーレントやレヴィ=ストロース、レヴィナスといった、現代思想と言える人が多用されているのが目立っていた。
 この後、話題は「政治」「国家」と急に社会学的になり、以下「ナショナリズム」「暴力」「権力」とスケールが社会的なものに合わせ始められる。「正義」がそれに続くが、アリストテレスはただ「分配の正義」を取り出すためにのみ駆り出され、アーレントを取り出して終わるというふうに、やはり社会的な視点の中で捉えた議論となっている。
 さらに続くのは「刑罰」「自由と平和」「資本主義」「歴史」であり、その「自由と平和」ですら、専ら社会的な視野で捉えるものとしてのみ扱われる。ミルの自由論と、それからカントの永遠平和論である。こうした話題が、全体の3分の2を占めているのである。
 確かに「哲学」の名著がよく集められている。強いて言えばカントが時折顔を出してくるのが目立つが、それも決して理性の問題というわけではない。ベッカリーアの死刑廃止論と対立する形で、まるで二人が論争しているかのように、「刑罰」について綴っているところは、著者のかなりの熱意を感じた。
 こういうわけで、「哲学」という表記は、社会や国家を考えるためのものとして、おもに使われていることが分かる。「〜とは何か」が、そちらの方面にずいぶんとシフトしているのである。真理とは何か、善とは何か、美とは何か、というような方向には殆どタッチしないと言えるし、まして「神」については皆無である。
 仕方がないかもしれない。著者は国家やナショナリズムの方面の専門のようであり、先に「死刑」についての新書を私は読んだが、1冊が今回の「刑罰」を詳論化しているようなものであった。だから、決して「哲学」全般を配慮して書かれているものとは言えず、自分の好みの議論にうんと引き寄せた形でまとまったものとなっている。
 表紙や宣伝文句にも、その点について触れられていないために、別の議論を期待した人は、購入してがっかりするかもしれない。せめてサブタイトルで、国家や社会への眼差しが殆どであることを示すべきではなかっただろうか、と思う。これは、著者の落ち度ではないだろう。編集側の拙さだと思う。以前、キリスト教の本質と銘打った新書をNHK新書は出していたが、これがかなりの問題作であり、自分本位の偏狭な考えばかりを主張しており、少しも本質を示そうとしてはいなかった。そのため、私はこの新書の「売り方」については、疑問を差し挟む余地があると考えるようになった。今回も、何かがずれていると言わざるを得ない。




Takapan
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