本

『現象学と科学批判』

ホンとの本

『現象学と科学批判』
丸山徳次
晃洋書房
\4800+
2016.11.

 発行は2016年であるが、新しい論文は一つだけ、と言ってよい。最後に、東日本大震災における福島の原発事故を話題にしたものは、明らかにそうだと分かる。他は、1980年代と90年代のものである。
 その辺りの経緯については、「あとがき」に記されている。編著や共訳が多い著者であるが、自分の名だけの本は、どうやらほかにはないようだ。自分名義で、しかも分厚い装丁の本を呈するということで、当然緊張が走ったことだろう。近年は、環境倫理や里山を話題とすることが多いようであるが、発行時からしても20年以上前の時期の論文には、哲学そのものについての熱い思いが溢れていた。そのように見たのではないか、と邪推している。
 当時、著者は、科学批判の声を挙げていた。すでに原発問題にも詳しかった。思想基板は現象学である。フッサールを中心に、現象学を研究し、ドイツ留学での実績もある。当初は若手のホープのようにも感じられたが、関西から外に出て行くような感じではなかった。一国一城の主の如く、足場を定めて世界を見つめていた。
 本書では序章において、「大学の危機」を挙げている。当時、「文系学部の廃止」が政治的に零れ始めていた。大学は、学生から徴収する学費だけではとても賄えない。政府の補助は必需である。しかしそれは、「学問」をどうするかという問題でもある。政府のさじ加減で、学問も変わる。学問はまた、他方で教育でもあり、将来の国をも変えてしまうことになる。
 しかし、現状だけで政治的に議論しても、むしろ現行政治の思う壺である。著者は、まずカントに戻る。大学と小競り合いをしたとくればカントの名が挙がる。そもそも、カントの時代に、哲学は大学教授という立場を得始めたのだ。こうして、学問の本来的あり方を原理的に問うことができるのが、哲学というものだ。
 こうして、かつての論文が並べられる。一見、現代の社会とは深い関係がないかのようなあり方であるが、フッサールが、そしてハイデガーが取り上げられる。哲学は、思考の根柢を常に意識しなければならない。それを現象学的方法で行う以上、現象学とは何かを説かなければならない。読んでみて分かるが、この辺り、「現象学」というものについての、手際の良い解説にもなっていると思う。現象学については様々な入門書があるが、本書の論文の解説は、非常に優れていると思う。また、フッサールならフッサールの考えと、それに対する著者自身の考えとが明確に書き分けられていて、読者は混乱することがないだろうと思われる。
 そこには、著者が当時盛んに取り上げた「生活世界」という言葉も随所に見られる。そのことが、次の「科学批判」へとつながってゆく。「専門家と素人」は「科学批判の一前提」であるとしているが、素人だから黙っていなければならない、というような俗論への痛烈な批判となっている。また、先にも挙げたがカントが戦ったことにも詳しく言及する。『学部の争い』という書は、カントの教授生命を懸けた問いかけであったのだ。
 その後、社会科学への視点がまとめられ、「日常」という概念を、「生活世界」を際立たせるためにも取り扱い、少し変化球で「遊び」という概念も論を添える形で展開している。ハーバーマスは著者がよく読んだ課題であり、取り上げるのはよく分かるが、それに続いて「暴力」というテーマを選んだ論文か二つ並ぶ。私は個人的に、これが非常に面白かった。
 ドイツ語での「国家権力」と訳すべき語が、実は「暴力」と訳す語と同じものを用いるのだ、という指摘は、目を覚まされる思いがする。日本語だけで単に「暴力」という言葉によって勝手なイメージを論者がそれぞれに抱いているだけでは、決して見えてこないものが、そこから見えてくる。この辺りは、非常に読み応えがあった。
 そのことが、水俣病について追いかける論文に結実する。私も細かな過程についてはよく知らなかった部分があったので、深く関心を以て読ませて戴いた。「川本事件」の詳細が、分かりやすく辿られているから、これもまたどなたにも知って戴きたいと思った。もちろん、その問題は「暴力」という概念の理解へと導かれてゆく。
 そして2013年に書かれた唯一新しい論文は、先に挙げたように福島の原発事故を取り扱っている。そこで考察されているのは、「信頼」という概念である。「専門家と信頼」と題されたそれは、中程にあった「専門家と素人」という問題意識を、実際の事故において現実的な問題として適用することができた場であるのかもしれない。
 明晰な文章により構成された数々の論文は、世間にはあまり知られていないのではないかと思われる。ここでの私の小さな叫びが、本書を少しでも世に知らしめるものとなれば幸いである。




Takapan
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