本

『小野村林蔵全集第三巻 後期 説教・論説・自伝』

ホンとの本

『小野村林蔵全集第三巻 後期 説教・論説・自伝』
新教出版社
\5000
1979.12.

 すでに二つの巻をご紹介している。北海道の牧師の歩みを、教会の信徒はそのままにしておかなかった。1883年に大阪にて生まれ、20歳頃に教会に救いを求めて通うようになる。22歳にて受洗し、翌年大阪の神学校に入学するが、間もなく植村正久の待つ東京神学者に転入学する。その4年後に按手礼を受け、和歌山教会牧師となる。7年後、いまの札幌北一条教会の牧師となる。明治政府の定めた教育の中で、天皇への忠誠心を抱きつつも、太平洋戦争へ向かう中で、キリスト教信仰を貫き、とくに神社への信仰について批判の姿勢をもち続ける。教会で個人伝道誌『泉』を刊行し始めたのが1939年、1944年に、「言論出版教会集会結社臨時取締法」により懲役8か月の判決を受ける。翌年、控訴審にて、後の京都大学総長となる滝川幸辰博士の弁護により、無罪判決を勝ち取る。博士は、戦前の滝川事件の当事者である。戦後、北星女学校校長も兼任しながら、北一条教会の牧師として日本基督教会のためにも働く。教会の特別集会には、植村環・由木康・賀川豊彦・浅野順一・ヘレン・ケラーなどを迎えることもあったという。
 この中でやはり特筆すべきは、その言論が当局に睨まれ、獄中生活を送ったことであろうか。本巻の最後の四分の一を締める文章は、小説仕立ての「豊平物語」となっており、これはその件に関する自伝である。大阪の商人としての歩みを始めることから、人の死を間近に感じて生き甲斐を求め、教会に道を求め、伝道師となり牧師となるが、特高の指示にて下獄の目に遭う。そこでの細かなやりとりや獄中生活についての描写が著しく、貴重な証言となっている。無罪判決を受けるまでが、物語となっている。
 本巻は、単に時代順に並べたというよりも、いくらかのテーマ性を以て編集されている。まずは、教会形成論に始まり、合同教会を命じられ素直にそれに従おうとする気配を覚え、強く反対の意思を示しているのが目につく。戦後は、むしろ日本基督教団としての一致を提唱し、ここでも自案としての「信条」を披露している。
 一時は仏教のこともよく調べた若者であったことが、かの自伝から分かるが、釈迦の考えとキリストの道との比較を試みた「安心への道」という章も興味深い。仏教の中に「智慧」を認めつつも、救いに生きる道としてはキリスト教を推奨する姿勢は、私のもつひとつのスタンスと同じであることから、読みやすかった。
 たぶん実際の説教のコンパクトな要約であるだろうが、ひとつが3、4頁であるような、「説教」の章は、基本敵に新約聖書から、著者に示された神の言葉を説くものとなっている。いまから振り返れば素朴な説教であり、捻ったものではない。だが比喩のようなものや、生活への適応にまで言及されていて、筋道として私たちも学ぶべきところが多いと思う。これだけで200頁をゆうに超える内容となるから、新約聖書ばかりとはいえ、イエスに焦点を当てた信仰について直球を受けるような気がする。
 続いて「宗教の時」と題した、自由な論説が並ぶ。時代の話題や当時の常識なども窺え、別の著者の本を読むためにも参考になることが多いであろうと思われる。こうした論説がもう1章続くが、そのときに口語訳聖書の完成を受けてのものがある。慣れ親しんだ文語訳が体に染みついていたであろう中で、新しい訳に非常に期待している様子が確認される。もちろん訳文への批判ができる段階ではないため、それは措くと言明しているが、概ね歓迎していると言えよう。聖書が、広く新たな戦後の時代に読まれてゆくことを願ってのことではないかと思われる。私たちは、新しい聖書の訳をしばしば訝り、まずは批判の目を向けようという態勢で臨みがちではなかろうか。
 クリスマスツリーは、木を伐採するからやめよ、というような声が当時あったのだろう。著者は猛然と反論している。酒のためにどれだけ米を費やしているのか、というような点を挙げる辺り、失礼だがちょっと笑ってしまった。人がいろいろその時の声に対して考えたことを記録してあると、後の人には多くのことを考える契機を与えてくれるものだ。
 バルト神学が日本の神学界で迎え入れられていることについての文章もあった。バルトが神の啓示をまず掲げることが、日本人のためによいかどうか疑問を呈している。もちろんそれは信仰の上で筋の通ったことである。だが、著者はしばしばカントを持ち出して評価するのであるが、理性的理解も必要だという空気が強く漂ってくる。だからまた、理知的に神社信仰の正しくないことを論じてしまいがちなのであるが、現世利益を売り物にする宗教にたかるのは無知な人であり、神学など関係がない、などとも言い放つ。キリスト教会に来てやがて去る人の中にも、何か理知的に納得できるものがなかったから、そのようなことになるのではないか、と危惧している。だから日本のように「神」の信仰の伝統のない国では、啓示の信仰の上に打ち立てられた信仰は、脆いのだ、と謂うのである。
 その他、「お説教」という言葉についての雑感も綴られており、私としては自分を見るような思いさえした。もしかすると、私の頭の中は、この人の時代と同じような空気が漂っているのだろうか。そんな懐かしい思いさえ呼び起こすという意味で、本全集3巻を、さきほど胸いっぱいの気持ちで読み終えたところである。




Takapan
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