本

『新約聖書入門』

ホンとの本

『新約聖書入門』
笠原義久
新教出版社
\1800+
2000.5.

 ありがちなタイトルの本であるが、だからなおさら、その特色については、外から見てよく分かるようにして欲しいと思う。聖書のことをよく知らない。信仰に関心がある。おっ、入門書か。薄いし、読みやすいかな。こうして手に取った初心者は、その内容に戸惑うのではないか。帯には少し堅そうな感じが現れているが、それでも、本の特色を示しているとは思えない。ここは出版において一考を要する。
 もとより、これは新教出版社の懐の広いところでもある。今から信仰を養おうとするタイプのものではない。聖書について冷徹な眼差しをもち、十分信仰の定まった人が、冷静に聖書という文化について客観的知識を手に入れようとするときには、非常に大きな力をもらう本である。最新の神学の動向や研究の進展を踏まえて、聖書学がどのように理解しているかを、この薄さでよく伝えてくれている。
 また、筆者独自の意見や聖書観というものも、それと分かるようにはっきり示してあるので、その点も親切であると思う。時に、客観的な知識なのか筆者の独断なのかが分からないような本が世の中にあるからだ。日本語訳の違いが原典の違いに基づき、またその原典というのがどのように成立し、あるいは認められているかなど、少し聖書を研究しているならば誰もが知っていることではあっても、一般読者や信仰者が通常知ることのない点について、たいへん分かりやすく述べられていると感じる。
 概観としては、パウロについて最初のほうで触れられる。パウロ神学とでも言うべきか、パウロの理解が、その後の世界への宣教においては非常に重要な力をもったからである。しかし、パウロは当時、教会の主流ではなかったのではないかとも言う。これは尤もな見解である。私たちの立ち位置から見て、あるいはその後の歴史から見てのパウロの意義というものと、当時その時のパウロの立場というのが一致しているとは限らない。現にパウロは、エルサレム教会からすれば手下のような扱いさえ受けており、アジヤに宣教してもなかなか受け容れてもらえないもどかしさがその書簡に溢れている。なんで分かってくれないんだ、と。それはその時のパウロの置かれた状況をはっきり表していると言えるはずである。
 それから、福音書。これも各福音書の特色を、ありきたりのものでなく、かなり穿った見方でずばずばと切り込んでくるので、やはり初心者には向いていないのではないかと思うが、信仰のしっかりした人で、少々の「すれた」見解も受け容れることのできる人には、魅力ある叙述である。ヨハネ書とグノーシスとの関係も、複雑にならないように完結に叙述されており、この短い中での説明は驚く。
 そしてその他の書簡を拾い、黙示録で閉じる。また、これからの研究の方向性も示し、まだ今の段階で新約聖書というものがすべて分かっているのではないことも明らかにする。聖書というもの、とくにその正典性について、これほど簡潔に伝えてくれる本も珍しい。その意味では、確かに入門という名に相応しいものであったと思うし、護教的にまるめるのでなく、聖書が現在晒されている状況というものを惜しみなく明らかにしていることで、ますます聖書を愛する心を増やしてほしいものである。あとは、一人ひとりの信仰者が、自分と神との関係の中で、聖書を安心して読み解いていけばよいのである。




Takapan
ホンとの本にもどります たかぱんワイドのトップページにもどります