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『新・大学でなにを学ぶか』

ホンとの本

『新・大学でなにを学ぶか』
上田紀行編著
岩波ジュニア新書912
\860+
2020.2.

 クリスチャンの隅谷三喜男さんが1981年に『大学でなにを学ぶか』を出している。これは一人の著述であったが、今回はこのコンセプトを引継ぎながらも、14人のメンバーがそれぞれに様々な形での大学経験や若い世代への思いを語る場となって新たに登場した。
 それぞれに、ユニークである。だから、どこから読んでもいいし、どこかで心にビビッと響くのがあればいい。多くの視点が集められたから、こうでなければならない、というような圧力は感じない。至って自由だ。14人の声がここにあるわけだが、東京工業大学のリベラルアーツ研究教育院のメンバーということで、ある種のカラーは集まっているかもしれない。が、リベラルアーツというだけに、何かしらの開放的な雰囲気が共通しているようにも見える。だが、それぞれの専門分野に偏ったふうにしか読めないということはなく、どんな学部や方向性を心に懐いている高校生にとっても、また大学生にとっても、どの人のアドバイスも素直に聞けるような出来になっていると思う。
 大学に入学するための勉強というのは、答えが決まっていた。初めから枠があり、型があり、正しいものは4つのうちのどれか、というものも多かった。だが、そもそもその「問い」を立てるところから始まる、というより、適切な「問い」を立てることができればそれでもう大きな仕事ができたとも言われるような世界がそこにあるのは、それまでの勉強にお利口に従っていた生徒にとっては、いきなり海の中に落とされて泳げと言われているような気持ちになるのではないかと思う。まずそこのところから突き始め、大学で学ぶということはどういうことか、目を開かせていくような味わいがある。
 そもそも大学のキャンパスはどういうふうに見えるところか、という本当に初歩的なあたりから案内してくれるのも嬉しい。ウィキペディアを編集しているのは9割が男性であることを指摘して、記述の中に男性中心に過ぎないものがたくさん紛れているという事実に気づくところから始まる問いかけも紹介される。入試問題に採用された自分の小説についての問題が解けないという、昔から囁かれる話が本当であることから、小説の読み方を指南するところもある。
 私もどこかで読んだのだろうか、福田恆存の文章に、「一匹と九十九匹と」というのがあるのが、心に浸みた。政治は99匹のほうを救うが、政治が救えない1匹を救うのが文学の仕事なのだというのである。そして、政治は、文学にすらその1匹を無視するようにしてくる場合があることに警戒させる。その1匹というのは、心の問題である。かつて文学は戦争のときに、まんまとそれにしてやられたのだという点を考えさせているのだろう。99匹の論理に寄り添った点は非難されなければならないというのである。私たちは普段は99匹の側にいる。それは大切な営みであることはもちろんだ。しかし、いつ何時私たちが1匹になってしまうかもしれないことを考えよう。それは君が挫折するときだ。起こってほしくはないことだが、きっとそんなことがある。悩みに苦しむことがあるだろう。その時に、立ち上がるきっかけとなること、君を救うものは、教養であるのだとこの人は言う。それは試験合格という目的のために繰り返し身につけたスキルのことではない。若い間に様々な経験をしたことで初めて得られるものだ。がむしゃらに美しいもの、すばらしい文化に触れていくのだ。芸術でも哲学でも、何か「解らないけどすごいもの」が心に引っかかっているということが、大きな躓きのときに、何かしら力になるというのである。ふと思い出してあの哲学書を開く、などというように。それは自己啓発書やハウツー本では賄えない。若いころに経験した「無駄」なことが、ものをいう、というのだ。
 私は、この中島岳志さんの文章が一番心に残った。もちろんルカ伝の喩えからの引用に基づくから、というせいもあるが、私にとって一番いつまでも肯き続けていた提言だった。全く私もそう思うし、事実私はそうしてきたのだ。能率は悪かった。遠回りで損ばかりしてきた。ある意味で恵まれない歩みをしてきたし、宝(があるとすれば)の持ち腐れのような人生でもある。だが、無駄に満ちた体験の積み重ねと見識が、どれほど自分を救ったことであったか、計り知れない。多くのひとに助けられて、幸せだと思うことばかりだ。
 もちろん、さらに具体的な大学の実情や、大学での学びそのものについて説明をしてくれる文章もある。大学の入口から、深いところまで、よくぞこの一冊で巧みに紹介してくれたものだと感じる。高校生にとり、学ぶとは何か、きっとコペルニクス的転回を与えてくれることだろう。そして、本当の意味で、目標のためにやる気を産んでくれることだろうと思う。たとえその目標そのものが定まらなくても、前進できることがあることを知るだろう。
 そんな不思議な魅力に溢れている。いや、どっぷりどぶに足を取られている大人だって、もう一度やってみようという勇気が注がれるに違いない。お値打ちの刺激一杯だ。




Takapan
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