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『別冊NHK100分de名著「幸せ」について考えよう』

ホンとの本

『別冊NHK100分de名著「幸せ」について考えよう』
島田雅彦・浜矩子・西研・鈴木晶
NHK出版
\900+
2014.5.

 100分de名著といテレビ番組がある。毎週25分間の放送で、一ヶ月四週間で計100分になるというコンセプトで、一度は読みたいがなかなか読めない世界の名著を穿っていくという企画である。かつての市民大学講座がうんとソフトになった形である。当初は堀尾正明アナウンサーが担当していたが、一年後に伊集院光にバトンタッチ、よりラフな雰囲気が好評のようである。
 さて、近年の世相からか、この番組でも「幸福」がテーマになりうると考えたようだ。2014年1月に、スペシャル番組が企画された。本書は、そのまとめである。
 そもそも100分de名著は、毎月のテキストを出版している。これもかつての市民大学講座の名残だとも言えるが、NHKもテキストはかなり売れ筋でもあるので、良いテキストが毎月出されている。とくに、専門家による平易な解説が、番組放送内では語りきれないほどにたくさん文章となっており、資料やその解説などもふんだんに盛り込まれているため、500円余りの価格にしては内容が非常に充実しているテキストとなっている。しかしテキストは放送時に限られる出版のされ方に制約されるため、単行本として、テキストをしっかりした本として後からそれなりの価格で販売している。今回、スペシャルということでテキストが出ていなかったその「幸福」についての放送を、単行本化した形式になっている。従って、テキストをいつも購入している私からすれば、やや高価な印象があることになる。
 だが、これは四冊についてまとめられている。スペシャル番組のときの内容がコンパクトにまとめられている。内容は、井原西鶴の『好色一代男』と『好色一代女』、アダム・スミスの『国富論』、ヘーゲルの『精神現象学』、そしてフロイトの『精神分析入門』である。それぞれのスペシャリストや関心の深い人が触れ、知らないことの多い読者にとりよい案内人となっている。これだけ分野が違う中で、テーマが「幸福」に揃えられているというのは面白い。また、時代的に近代思想に水を向けているようで、私たち現代人にとり馴染みの薄いものだとは言えないものとなっている。
 どこから読んでも面白いが、やはり順番どおりが良いだろうか。四人のスペシャリストがそれぞれを担当しているが、興味深いのは、他の三人が、それぞれの担当の中で感想めいたものを書いていることである。他の分野にいて述べるというのは、わずかでも緊張するであろう。そもそもよく知らない内容の紹介なのであるから、これら四人は、他の仲間の研究にも理解を向け、それなりに受け止めていることになる。
 もちろんこれはそのまとめた専門家の腕なのであろうが、私は、こんなにも簡単にまとめることができるのだ、と驚くばかりだった。たとえばヘーゲルは、ドイツ語としては長ったらしくてたまらないものだが、哲学書として用語を曖昧にできないため、固い哲学用語で訳したところで、血や肉の通わない、ただ訳しただけというあたりで止まってしまいがちな哲学者である。それを、やわらかな言葉と例とを用いて、実にコンパクトに、実に日常的な言葉で、解説をしているものだと勉強になった。そうした問題意識の中で解説を試みるならば、もしかすると教科書的な正確な解説にはならないかもしれないが、読者にはストンと呑み込めるような内容となるであろう。表向きの言葉や言い回しに右往左往することなく、要するにどういうシチュエーションでその表現が出てきたのか、それの理解が寛容である。哲学を、平易な言葉で語るということのできる人は、実は哲学をよく理解している人である、と言われる。直訳調の特別な用語を重ねて分かった気になるよりは、ソフト路線で日常的な感覚に置き換えていくというのは、ほんとうに分かっていないとできないことなのである。
 そういうわけで、この一冊、四冊の、毛色の変わった名著から、「幸福」について考えさせてくれる本だったのであるが、多分に毎月発売の安いテキストと比べたとき、注釈や資料がえらく少ない印象をもった。もちろん、資料がなくてよいほどに、担当者はやわらかく解説してくれているのてあるが、注釈が殆どなく頁の下3/10ほどが空白になっているところが多いのを見ていると、考えようによっては、上げ底のような気がしないでもない。学術書のような注釈はなくてもよいが、ほどよく、次のステップに進めるような、いくらかでも専門的な、あるいは専門語が誰にも分かるような、そんな内容を載せてほしかったという気もする。
 放送だけでは十分述べられない内容が、テキストには詰まっている。関心のある分野のときだけてもよいが、できれば自分に縁のなかった分野の名著にも、ぜひとも触れてみたいものだ。それはそれで、よい機会となることであろう。




Takapan
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