本

『村上朝日堂』

ホンとの本

『村上朝日堂』
村上春樹・安西水丸
新潮文庫
\388+
1987.2.

 古い本で、とくに内容が身近なエッセイのようなもののとき、読む楽しみのひとつは、その時代性を知ることにある。書かれた当時は最先端のグッズや出来事であったものが、果たしていまどのように見えるだろうか、その実験ができるということである。
 これを古書店で手にして、気軽に読めそうなのと、書店で最安値だったことで入手したのだが、発行されて三十数年経ってのことである。単行本となったのは、この文庫より三年ほど遡るのだというから、もう40年前と呼ぶに近い。
 日刊アルバイトニュースに一年九ヶ月にわたり連載したコラムを集めたものだという。ほんのはしくれのように、気の利いた文章記事があるというだけなのだが、それが積もり積もると、なかなか読み応えのある本になってしまう。また、その作家の足跡にもなっているし、なんといっても風俗や時代を改めて見渡すことができるというものであろう。
 タイトルの意味は明かされないが、その後村上春樹は自分のウェブにおける公式サイトのタイトルにも使っているので、自分の窓口として馴染みのある名として選んだのは間違いないだろう。すでに短編小説は数多く発表しているが、長編となるとまだ三作しか出していない頃の文章である。若いと言えば若いのだが、それだけにまた挑戦的で生きのいい息づかいが感じられる。それは実に軽妙に、また世の中にちゃんと浸りながら、それに流されず距離をとりつつ、少しカーブをかけて見ているようにも感じられるが、もしかするとそもそもその川とは全然違う方向を見ながら、川の中の魚を獲っていたのかもしれない。
 その一つひとつを取り出す勇気はないが、軽い読み物として、世情を料理している巧みさはさすがであるが、時折かなりマジな見解を呈しているから、それを見出すのも楽しい。たとえば「国分寺の巻」というタイトルの文章の最後は、「抜け道の数が多ければ多いほどその社会は良い社会であると僕は思っている」と結んでいる。この話は、自分がジャズ喫茶を開くときの話である。当時は国分寺で店を開くのも可能だったという具体的な回想である。いまなら最低二千万円必要だろうなどと書いてあるのが、まさに当時の時代性を物語る数字と言えるのだろうが、金はないが就職を望まぬ若者たちに自分を重ねながらも、社会状況が閉塞していることを憂えた中での、結びの言葉であった。他人や政治により決められてそれ以外がありえないというような社会に対する、ちくりとした言葉ではあるのだろうが、これは決してチクリなどというレベルの問題ではないだろう。
 個人的には「本の話(1)」に共感していた。村上春樹が自分の家で本をどのように扱っているか、が告げられているのだ。本の処分にためらい、捨てると後悔しそうな雑誌についても、実際とっておいて役立ったという経験もないのだとぼやく。非常に具体的に雑誌名も羅列されているので、当時を知る者としては思わずにやにやしてしまう。
 イラストを描く安西水丸との対話形式の文章も巻末にあり、逆に安西水丸が文、村上春樹が画というお洒落な項目もある。そこではお二人の趣味に走った世界での話もあるが、「男にとって"早い結婚"はソンかトクか」というところでは、村上春樹の結婚にまつわるかなり生々しい話が明らかにされている。ファンはもちろんよくご存じのことなのだろうが、一般人としては「へえ」の連続である。この辺りの背景が、作品の中に影響を与えているようにも思われるので、興味深く読ませて戴いた。
 それにしても、まだ三十を過ぎた頃の彼が、「いまの若い人」といった呼び方をするのは、まぁそんなものなのかもしれないけれど、面白いと言えば面白いかもしれない。




Takapan
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