本

『わたしは、ノジュオド、10歳で離婚』

ホンとの本

『わたしは、ノジュオド、10歳で離婚』
ノジュオド・アリ+デルフィヌ・ミヌイ
鳥取絹子訳
河出書房新社
\1680
2010.5.

 イエメンで、二年前に話題に上った10歳の女性──女の子とでも呼ぶほうがよいのかもしれないが、それだとあまりに軽くなるような気がしてならない──がいた。日本では、殆どマスコミの興味を惹かなかったが、自由の国を標榜するアメリカでは、偉大な英雄のような扱いを彼女に対して行った。そのために、アメリカの女性誌が、その年の女性という顔に、この本の著者、あるいは経験者であるノジュオドを、ライスやヒラリーと並んで選んだのである。また、その翌年には世界各地で彼女にプライズが贈られた。
 この本は、そのノジュオドが体験したことを、二つの場面を交互に描きながら進んでいく。ひとつは、いわば脱走してきて、裁判所に離婚を申し立てに行き、その手続きを続けていく様子。そしてもうひとつは、ノジュオドのこれまでの人生と、離婚に至る過程のストーリーである。これらは創作ではない。そのとき10歳であった彼女の話を記録としてまとめあげたのは、イラン人の父をもつフランス人女性である。勇気あるこの女性の取材をし、彼女の視点に立てるように努め、一冊の本にまで高めた。
 ノジュオドは、世界最少年齢で、離婚裁判を起こし離婚したのだろうと言われている。貧しさというのはある。だが、女性はモノのように扱われ、殆ど人身売買同然で嫁がされていく現実と、それも建前上禁じてはいるものの実質この幼い段階でそれが平気でなされているという現実との中で、ただ貧しいだけの理由であるというのもどこかさもしい。そういう文化である、と言われればそれまでかもしれない。日本においても、歴史の中でそれ同様であったことはそう遠くない時代にまで遡ることで確認できよう。
 暴力から逃れて裁判所に駆け込んだノジュオドは、たしかに幸運であった。理解者に出会えたこと、良き弁護士に恵まれたこと。字もあまり読めないのが通常という当地の女性たちの中で、学校に行くことを楽しみにしていた少女が、ある日突然見知らぬ男にもらわれることになり、一方的な暴力を受け続ける。しかし「そういうもの」としての社会が流れている現地においては、それを問題に挙げるということ自体、これまでありえないことなのだった。だがノジュオドは、子どもらしい素直さで、否は否という思いで行動した。この離婚の成立により再び彼女は学校に戻ることができた。この行為は、他の同様な境遇のまだ幼いとさえ言えるような女性たちにも勇気を与えた。同じように離婚を願い出るなどの動きがあるという。
 ノジュオドは、自分もまた弁護士になりたいと願うようになった。そして、そのための勉強をしている。フランス人ジャーナリストも、この本の印税をすべてノジュオドのために使うようにしているという。弁護士に、ぜひなってほしいし、夢をもって生きていってほしいからであろう。
 他方、彼女を助けた当の女性弁護士には、イエメン国内では、国の悪い印象を世界にばらまくことになったと男たちに狙われているかもしれないという。どこまでも悪辣かもしれないが、そういう文化であったのも事実だろう。特別なことではない。日本でも、個人がどんな考えや信仰をもとうが、町内会費を神社のために平気で使うことがいまなお普通に行われている。人的に受ける傷はノジュオドの場合に比べると小さいかもしれないが、文化や宗教の名を借りて人の心を押しつぶすことをも正当化しようとするのは、どこの国でもどの時代でも、そう大きく変わることがないのかもしれない。
 ここまで世界に知られてよいのか、という問いもあるだろうが、知られたために、問題が浮かび上がったのも確かである。その意味でも、彼女の勇気には感服する。いや、当人はただ逃げ出したかっただけなのかもしれない。それでも、このことは一つのジャーナルであったことは間違いない。
 読者は、きっと彼女を応援したくなるだろう。だがまた、その背景にある危険な風土についても、私たちは理解を示さなければならないのではなかろうか。イエメンの男中心の文化は悪だ、などと短絡的に結論を下してしまえば、私たちもまた、ノジュオドを生み、暴力を振るっていることにならないだろうか。




Takapan
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