『モーム短篇選(上)(下)』
モーム
行方昭夫訳
岩波文庫
\700+:\760+
2008.9.:11.
サマセット・モームは、アメリカの作家である。短篇としては「雨」「赤毛」がとみに有名である。が、他にも捨てがたい短篇がいくつもある。それを上下二巻にまとめたのが、この企画である。
好き嫌いもあるだろう。高い評価をする人もいれば、大して魅力を感じないという人もいる。私は前者だ。というより、文学的にどうだなどという議論は分からず、ただ読んで愉しめるというだけのことだ。「面白い」と思う、ということである。
中には「九月姫」のように、童話のようなものもあるが、大抵はオトナの世界である。「雨」ほどの切れ味はないにしても、最後にきてハラハラが止まらないというのもあるし、やっぱりか、と思うものもある。それも好印象を与える形で、予想を裏切らないというレベルである。だがまた、そうやって終わるか、そこか、と言わせる終わりもやはりあるもので、幕切れの面白さというものを体験させてくれることは度々あった。一切話の内容には触れないが、「今夜だ」のセリフで終わるなどというのは、お洒落ではないだろうか。
モームには古い訳が多い。その上で、2008年に新たな訳がこうして生まれた。現代の視点や、モームについての研究の進展が、影響しているのだろうか。上下巻それぞれに「解説」が付いている。それぞれに、モームについて教えてくれる。どちらか1冊だけ読んでも、それぞれの読者がモームについて知ることができるように配慮してあるような気がする。それは、モームの生涯や人間味というようなところを述べる者ではない。略年譜は巻末にあるので、生涯はそこから知ることができるようになっているわけだが、「解説」の関心は、専らその文学性にある。モーム自身はモーパッサンに学ぶところが多かったと言っているそうであり、チェーホフとの対比も意識されているという。
近代の短篇では、チェーホフとモーパッサンとが代表とされるそうである。そこへモームが、自らをモーパッサンになぞらえているというのは、興味深い。つまり、計算された理知的な構成を主眼とするタイプである。こうしたことがふんだんに紹介されているのが、この「解説」なのであった。
なお、その「解説」の後半は、その巻に収められた各短篇の解説になっている。もしも、先の文学性についての解説を、本編よりも先に読んでおこうとした人は、うっかり作品の粗筋や意義などについて、読んでしまうかもしれない。できればそれは回避したほうがいい。もちろん作品を読んだ後でこの解説を見るのは結構なことだが、自分が作品に十分に触れておいたほうがよいに決まっている。特にモームはそうだと思う。細かなところに気づかずに読んでいってしまうことがあるかもしれないが、ミステリーを読むかのごとく、ちょっとした言い回しや描写に、なにかあるぞ、と気をつけながら読む楽しみをキープしていきたいものだ。
因みに、本書を手にしている間に、次男の結婚式が行われた。妻の着付けが長い時間かかるために、朝日早くに会場に急いだ。車の中で、小坂忠さんの特集番組とラジオで出会い、心密かに感動していたのだが、その着付けを待つ間に、私は本書を開いていた。そのときちょうど読み始めて読み終わったのが、上巻の「手紙」という作品だった。いやはや、結婚式を前にして、読むべき内容ではなかった。それなのに、面白がっていた私がそこにいた。不謹慎を承知で、告白しておくことにする。

た
か
ぱ
ん
ワ
イ
ド