本

『キング牧師』

ホンとの本

『キング牧師』
辻内鏡人・中條献
岩波ジュニア新書221
\630
1993.6

 古い本となるので恐縮するが、よい本で比較的入手しやすいとあれば、紹介することはためらわない。
 有名なキング牧師ではあるが、私たちは詳しく知ることはあまりない。暗殺されたとか、公民権運動に寄与したとか、「私には夢がある」という演説をしたとか、そんなことくらいだろうか。
 本のサブタイトルは、「人種の平等と人間愛を求めて」とある。
 冒頭で、暗殺の情景を描く。それから出生に戻り、そこからキング牧師の一緒を追いかけていく。最後に、私たちの時代とこれからとを見つめ、キング牧師とは私たちにとって何であったのか、何であるのか、を問いかける。
 子ども向けというととんでもない。子どもに分かりやすく、このような広大な思想を伝えるのは、容易なことではないのだ。大人の目を配慮した玉虫色の叙述とは違い、若い世代に訴えるために、却って力強い書き方がしてある。読む者の心をえぐる。
 はたして、信仰の面でキング牧師は、福音を福音として語ったかどうかは、分からない。聖書を批判的に読む立場であったとも書かれてあるが、その信仰そのものを紹介することは、本の狙いからすれば省かれざるをえないわけで、私たちは彼が黒人社会のために――いや、病んだアメリカのために何をしたかに、しっかりと目を留めればよいのかもしれない。
 人々が理解してくれたという喜びとともに、理解されない悔しさや辛さも、この簡潔なまとめに過ぎないこの本からも、びとびと伝わってくる。
 また、キング牧師は英雄でもないし、理想化する聖人でもないという。ややスキャンダラスな事実も近年分かってきたといい、彼自身もまた、悩めるこひつじであったらしい。そう、キリスト教世界では、誰かを神のごとくまつりあげるようなことは、するべきでない。また、したくないものだろう。私たちは、キング牧師が望んだ世界を実現しようと努めているだろうか。まだ来ていないその理想を、「夢」として描き守り、はたらきかけているだろうか。
 キング牧師は、自分は罪びとだとの立場を保ち続けたという。それなら、口から語る神学がどうのということは、もう必要ない。間違いなく、私たちの同胞である。偉大な役割を果たすために、40年に満たない人生しか神から与えられなかった、神の器である。
 わかりやすい本で、私たちはもっと、知らなきゃならないことがありそうだ。




Takapan
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