本

『人類の知的遺産 イグナティウス・デ・ロヨラ』

ホンとの本

『人類の知的遺産 イグナティウス・デ・ロヨラ』
垣花秀武
講談社
\1800
1984.1.

 ある本を見ていて、ロヨラの高い精神性が大きな影響を与えた歴史を知り、その『霊操』を見てみたいと思った。しかしなかなかその本が出回っていない。探すと、この「人類の知的遺産」シリーズのロヨラに、抄訳ではあるが載っていることを知り、取り寄せてみた。このシリーズ、私の学生時代にも発行されていたはずで、カントは所有している。いざ届くとなかなか美しい本で、格安ではないかと喜んだ。
 著者は、2017年に亡くなっている96歳であった。物理学者として、核物質の研究に多大な貢献をなしたらしい。湯川秀樹と学友であったというからまた驚く。しかしまた、カトリックの信徒としての研究もよく知られ、その成果の一つがこの本であるようだ。
 ロヨラの思想を記すというのでなく、その時代背景からすべて物語り、確かに人類史の中でのロヨラの位置と価値を教えてくれるような本となっており、何かしら全精力を使い果たすかのような念のようなものを感じる本であった。歴史的背景からその土地の地理的背景、王室の事情から大航海の思惑など、当時のあらゆる面に触れながら、ロヨラに迫っていく。もちろん、これは反宗教改革としてのイエズス会の起こりが重要である。ロヨラはそのイエズス会を立ち上げたのである。
 また、サビエルの動きがこのイエズス会の中でも、アジアとの関係では重大である。ロヨラとサビエルとの関係についても、これほど詳しい叙述を私は見たことがない。勉強になった。また、通例「ザビエル」と呼ばれることが多いのだが、私はこの本で「サビエル」が適切ではないかと思うようになった。事実、山口では、「サビエル」が一般的になっているという。原語の発音の問題であるから、どちらが正しいなどとは一概に言えないのであるが、そこはさすが垣花氏、渋い注目をしていると思った。
 私の目的であった『霊操』は、終わりのほうに僅かな頁でしか載せられていなかったが、それまでの解説が重厚であったので、満足した。むしろ解説が十分あったほうが、理解の度が進んだことは間違いない。これは霊的な体操というようなニュアンスでつけられた訳語だというが、カトリックの世界で、ルターにより批判された問題は、ルターの指摘に従うわけでなく、しかし改革を必要だとするならば、なるほど、こうした路線になるかもしれない。ロヨラのこの精神は、現にサビエルなどを通じて世界へと宣教が拡がり、また適切な秩序を以てイエズス会が受け継がれていったという点で、確かな役割を果たしたものと言えるだろう。
 ただそんなロヨラ自身は、26歳までは放蕩と言うと語弊があるかもしれないが、かなり自由な生き方をしており、戦争で足を負傷して読んだキリストの物語に回心をしていくという人生を辿ることになる。世俗を十二分に知る者だからこそ、世俗の生き方への対処を知っているのかもしれない。カトリックの大切な指針の役割も果たすことになるその思想は、世界史に大きな影響を与えたことは間違いない。生まれながらのカトリックのエリートでなかった点、少し慰めを得るような気もするのだが、どうだろうか。




Takapan
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