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『決定版 カフカ短編集』

ホンとの本

『決定版 カフカ短編集』
カフカ
頭木弘樹編
新潮文庫
\710+
2024.5.

 新潮社は、カフカをいち早く世に知らしめた出版社であるという。その辺りの事情が、巻末の「編者解説」に記されている。そこには、先ず「決定版」と付けた意義に始まり、編者として本書の作品を選んだ背景などが、少々ポップに書かれている。カフカの自薦があって選んだ、という根拠が、「決定版」の極意なのだろうと思う。もちろん、読者の人気というものも考慮しているというから、細かな事情については、ぜひこの解説を直に読んで戴きたい。
 掲載したそれぞれの作品について、ひとつずつ紹介してくれるのも親切だが、別に粗筋をまとめるわけでもなく、逸話めいたものがふんだんに出てくるようになっている。また、カフカ自身の、その作品に対する評価というものも示してくれるから、カフカに少々マニアックな気持ちで臨む人も、きっと満足するであろう。
 実に細かな、そして作品愛に溢れた解説である。こうして私が、カフカの小説そのものについてよりも、解説のことばかりやたらとご紹介するのは、そこに感動を覚えたからだ。それを暴露してしまうと、失礼になるとは思うが、その一端だけでも教えてしまいたい気がしている。
 それは、この編者が、カフカ全集の「全巻をそれぞれ100回以上は読んでいると思う」と明かしていることだ。しかもそれには悲しい背景があるが、そこまではここでは言わないことにする。カフカ愛に溢れている、と私が言えるのは、そういうわけだからである。
 本書には、カフカの小品が15掲載されている。長さもまちまちである。かなり長く感じるものもあれば、頁をめくったら終わった、というものもある。ただ、カフカ自身が気に入ったという点は重要なポイントであろうし、タイトルの「短篇」が小説に限らないことも教えてくれる。ちょっと論じているとしか思えないものもあるのだ。また、これは未完だろう、と感じるものもある。まとまっていないけれど、本人は気に入っている、ということがあるというのだ。
 それは、カフカ自身が、生きているときには世間から評価を受けていなかった、という事情によるのかもしれない。自分の本が売れて読まれている、という実感が全くない。どころか、そもそ出版すらされていないものもあるのだし、専ら書いた自分が気に入っているか、くらいしか考える余地がなかった、というほうが適切なのである。
 1883年に生まれたカフカは、1917年、34歳にして喀血する。そして7年後、41歳にならずして、結核で亡くなっている。婚約を繰り返して解消し、独身で人生を終え、もちろん子どももいない。理解ある親友ブロートがつねに世話をして、わずかに出版にもこぎ着けるが、全く知られないままの作家人生であった。現在はチェコにおいて、ナチス・ドイツが占領してくる中、このブロートは、カフカの遺稿と共に逃げ出し、カフカの文学を守ったのだという。
 なんとも健気な、そして自分自身何もいい目を見ずして、亡くなったカフカという作家は、その後世界で知られるようになり、独特の文学として高評価を受けることとなる。ゴッホなどもそうだが、なんとも切ない気持ちになる。
 編者は、最初の日本語訳が日本では6,7冊しか売れなかったことも知らせる。その内の1冊が、高校生だった安部公房の手にあった、というエピソードを紹介している。日本文学への影響からしても、カフカは決して小さな存在ではない。本書の作品は、サーカスものや病気に関する背景など、カフカ自身の好みや背景がよく現れているものも多いが、必ずしもパッとウケるようなタイプのものではないと言えよう。しかし、決して華やかな文学者生活を送ったわけではない人間の、少々いじいじとしたところから見る世の中というものについて、私たちは案外、非常に共感を懐くことができるのではないだろうか。凡人故に注目されないだけの私のような者でも、もしかするといつか理解者が現れる科も知れない、という、儚い希望を抱くことが許されるであろうか。もちろん、誰もがゴッホやカフカになれるわけではないので、希望はただの願望か夢に過ぎない、と言われればそれまでである。
 ちょっと胸に抱きしめたい、小さな本である。




Takapan
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