本

『ユダ イエスを裏切った男』

ホンとの本

『ユダ イエスを裏切った男』
利倉隆
平凡社新書324
\840
2006.5

 西洋絵画の研究者であり、哲学の訓練を受けた、編集者としての職をもつ方の著書。
 ユダは、もちろんイエスを裏切った人物として、聖書で名高い存在である。ユダは自分の欲のために主を金で売り、接吻により主の逮捕を促し、あげくは首を括って自殺したとされている。少なくとも聖書にはそのように書いてある。そのため、教会での説教においても、ユダは悪人として際だつ存在として語られる。ああはなるまい、などとも。
 私は、もちろんひっかかりをもっていた。そんなに事は簡単じゃないぞ、と。それは、私が私自身の中に、ユダと重なるものを有していると捉えているから、もっと言えば、私の中にユダがいると考えているから、だと思う。
 1/100のヒツジを探すことに全勢力を傾け、一人として滅ぶことのないようにと人を愛する神が、どうしてユダについては見放すのか。ほんとうに見放したのか。ユダが裏切ることをご存知だったイエスが、どうして放置したのか。また、知っていたのに止めなかったとしたら、イエス自身、ユダを滅びに導いたとは言えないのか。
 また、そもそもどうしてユダは自殺をしたのか。主を売った直後に後悔するような弱気でしかないのか。接吻のときに、何を知ったのか。どうしてそこから急激に鬱状態へ落ち込んだのか。
 単純には説明できない要素が潜んでいよう。
 美術に造詣の深い著者は、古来の美術作品をひとつひとつ調べて、そこに描かれるユダの姿に、当時の解釈をみてまわる。文学作品においても、同様である。そして最後には、著者がユダの心に入り込み、自分の心情を蕩々と語る……。
 ユダだけの言及に限らない。創世記から黙示録まで、聖書の中の様々な思想に触れ、比較対照を試みながら、ユダについて知ろうと努力する著者は、さながらユダ・マニアである。この知識の前に、私たちは、逆に聖書そのものを学ぶこともできる。力作である。
 改めて思うのだが、悪を知らずして、善はない。罪を痛感することなくして、救いはない。私たちは、たしかにユダについて、あまりにも知らなさすぎることを感じる。あのパウロは、ついにユダについて一言も触れていないのである!




Takapan
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