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『ユダヤ教の誕生 「一神教」成立の謎』

ホンとの本

『ユダヤ教の誕生 「一神教」成立の謎』
荒井章三
講談社学術文庫
\1008
2013.1.

 学術文庫も息が長い。決して安いものではない。文庫の中でも指折りの「高価な」シリーズである。専門書や学術書の類を文庫に移したものだが、たしかに専門書に比べればはるかに安く手に入るものの、文庫レベルで問うと、それなりの価格である。これも300頁よりだいぶ足りない分量からすれば、1000円というのは安さは感じないが、しかし、最近の新書からすれば、十分見合う価格だろうと思われる。
 世知辛い話になった。こういうのは、値段ではない。そして、貴重な史料や考察を与えてくれるものが、手軽に持ち歩けるというのは、何よりのメリットであると見てよいものである。
 ユダヤ教、あるいはこれはサブタイトルの「「一神教」成立の謎」ということからすれば、一神教の根本であるこのユダヤ教に迫ろうとしている本である。もちろん、ベースは、キリスト教側から見る旧約聖書である。これを、歴史的な順序に沿うような形でたどり、文献批判的に取り扱う。ということはつまり、いわゆる信仰の内容からこの問題を取り扱うということでなく、学問的、実証的な態度をとるということである。
 まずは創世記で族長たちを導く神。それからエジプトの奴隷状態から解放する神。聖戦と呼ばれる戦いをなす神。落ち着いた土地での暮らしを導く農耕の神。しかし近隣の大帝国に潰されていく国を、主への従い方で捉える審きの神の考え方。その後捕囚の憂き目に遭った民族の背後に隠れたる神としてこの神は捉えられ、その捕囚から帰還する中で、苦難の僕のメッセージが、一神教の確立に影響する、というような説明に移っていく。旧約聖書を長らく研究した著者の考えがこうして紹介されていくことになる。すなわち、捕囚を通じて、イスラエルは、大帝国の神々を知る。また、著者はゾロアスター教との接触に意味を見出す。創造神は、大帝国の支配につながる一神教に重なっていく。ユダヤの民は、不遇な民族の運命の中で、未来に希望を待つ民族として逞しくその精神を育んでいく。そうして、律法が確立する歴史を刻んでいくことになるというのだ。
 論を辿ることは、ここでは難しい。時にまわりくどく、だがしっかりとした資料性に支えられて、たしかに学術文庫の名に恥じぬ内容となっている。もともとは選書メチエのシリーズとしてつくられたものが、文庫になったのだという。かつてのメチエのときには、阪神淡路大震災がその執筆に影響を与えたそうだ。だが今回は、東日本大震災を経験した。築いてきた文明の崩壊の姿はバベルの塔の破壊を思わせ、放射能汚染地域からの脱出は、まさにバビロン捕囚ではないのか、と憤りさえ抱きつつ、悲しみの思いとともに著者は叫ぶ。また、一神教を危険視する日本人もいる。それには誤解や勘違いも伴うものではあるにせよ、実際に非寛容である側面がある以上、世界情勢に対して弁明ができない場合があろうかと思われる。ユダヤ教などが、正しい宗教であり続けたわけではなのである。世界の中心としてその一神教が唯一の真理だぞと権力を及ぼしていく一方であってよいはずがない。著者は、「周辺と中心」という考え方をベースに置いている。ユダヤ教は、周辺の立場から、それもたんに地理的にというのでなく、精神的内実的な意味を踏まえた上で、周辺的なところから、適切な役割を果たし続けることができるのではないか、というような感想を抱いている。そしてそれは、現実に国や民族を動かしていく力をもつ宗教であるからこそ、そうなのだ。宗教がたんに気持ちの問題であるとか、心を楽にしたり豊かにしたりするためのものではない、ということも併せて理解しておきたいものではあるだろう。
 旧約聖書の背後にある、現実的な社会的状況を考えつつたどるに相応しい本である。信仰書とは勘違いしたくないものの、読み方によっては、私たちの信仰をさらに強くすることはありうるだろう。聖書への批判的な考え方を冷静に認めることができる人は、どこかで見て損はないことだろう。




Takapan
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