本

『日本人とキリスト教の奇妙な関係』

ホンとの本

『日本人とキリスト教の奇妙な関係』
菊地章太・kindle
角川新書
\864+
2015.5.

 カトリックに詳しい方が日本のキリスト教史を語ってくださると、学ぶことがたいへん多い。プロテスタント系だと、どうしても明治以降の内容に偏る傾向がある。それ以前のキリシタン時代を含むようになると、どうしても愛着が減る。学者であるから、そんな感情に左右されないだろうと見られるかもしれないが、概してそうである。カトリックの方々は、熱心にキリシタン史料を調べ、隠れた歴史をも紹介してくださる。また、現在の文化や習慣との関連にも敏感に気づいて教えてくださる。これはありがたい。
 この本における「キリスト教」というのも、概して南蛮渡来の時代から、江戸時代の鎖国までの流れである。宣教師たちの活動の細かな点について興味深く読ませて戴いた。中には、隠れ切支丹の姿も紹介しているが、ともかくそうして潜んでいたキリスト教の考えが、明治期のカトリック教会にも影響を与えているばかりか、さらにはその後の現在にもつながる何らかの糸を見出すような思いがすることを、豊かな史料と共に伝えてくれている。
 時に、なかなか知られていないような小さなエピソードを、長々と語る。これがまた面白い。庶民レベルの信仰の姿がいきいきと伝えられる史料は貴重である。なにしろ、歴史史料というものは、概して為政者が自らの政治活動の正当化のために作り出すような背景があるのが当然であるだけに、庶民生活が具体的にどうであったか、については伝えられにくい傾向がある。その点では、むしろ古典文学や社寺の史料の中に窺えると見たほうがよい場合が多い。
 その意味で、物語めいたものとして遺るものの中に、人々の生活の真実があますところなく描かれているという場合もあり、たとえそれが脚色めいたものであったとしても、庶民が受け容れて喝采を送ったという意味であるならば、オーバーであったとしても、生活感をよく表しているものと捉えることができるであろう。
 本書のひとつのウリとしては、「教会に門松を立ててよいか」という疑問である。門松は異教の習慣ともいえ、異教を排除すべきキリスト教会には相応しくないことは自明である。だが、明治の諸状況の中で、むやみに反抗的な様子を見せるのでなく、日本文化に溶け込んでいることを示すためにも、カトリック教会側では、これを名指しで承認しているというのである。聖書のみと断じたプロテスタントには、もちろん聖書のみという言い方の中に、捉え方が様々あるわけだが、概して、異文化を、とくにそれが異教の神々に関わるものについては、拒絶するというのが一般的な方針であるという事情がある。しかし、カトリックは、世界へ拡がっていく中でも、異文化に溶け込み、あるいは取り入れて、柔軟に布教してきた歴史がある。研究者によっては、マリア信仰ですら、異教文化の採用であると断ずる人もいるくらいである。このカトリック戦略にとり、日本の門松程度が、カトリックの組織を崩す力があるはずがないと考えるのも尤もである。そしてそれを寛容という言葉の中に包み込んでいく。
 日本文化もまた、異文化を包み込んできた。逆にこのキリスト教を、日本的なものにいつの間にやら包み込み染め上げてしまった、という捉え方もある。日本を取り巻くそういう空気が、外国の仏教もそうだし、キリスト教も、元来の思想を日本的オブラートで包むかのようにして、いうなれば骨抜きにして取り入れてしまった、というのである。果たしてこの場合、カトリック戦略が柔軟に日本に対応したというべきか、それとも日本のこの空気がカトリック信仰をまるめこんでしまったというべきか、それは私たちに投げかけられた課題でもある。
 日本人は、自らを顧み、日本人とは何か、という話題が大好きである。そう噂している自分自身はその日本人そのものであるのか、それとも除外されたつもりなのか、そういうところも問わなければならないであろうが、ともかくこの本で、何かしら胸が痛いと思うのは、もしかすると、日本のクリスチャンたちばかりであるかもしれない。キリスト教という、私たちにとりどこか欧米文化の粋に憧れ、受け容れたという背景があったとすると、ある意味で西欧的に歪んだキリスト教を、さらに日本的な受け容れ方によって包み込んでしまったとするならば、私たちの信仰は果たして聖書とどれくらいつながっていると言えるのか、あるいは離れていると言えるのか、そんなことを問い詰められているような感覚に襲われるのではないかと思われるのである。
 歴史好きな方にもお勧めである。結論が出ているというよりも、現代日本のどこかに潜んでいる心理や土壌のようなものに目を向けたい場合、考える素材としても十分に楽しめる本となっている。




Takapan
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