本

『日本思想全史』

ホンとの本

『日本思想全史』
清水正之
ちくま新書1099
\1100+
2014.11.

 日本思想を、古代から現代まで辿る。新書という形式でありながら、あとがきまでの420頁に、資料・年表・索引として40頁余りが付いており、分厚い。そして内容的にも力作である。決して軽くすらすら書かれたようなものではない。念入りな研究と、著者自らのスタンスからの評を加えた、味わい深いものとなっている。これは手許に置いておきたい。日本思想について何か知りたくなったら、きっと何か載っている。
 とくに、人物の思想という意味で後半は展開していくが、最初の流れはゆったりとしている。日本思想を、倫理思想史の視点から捉えることや、通有する基盤に着目した思想史を目指した、などの宣言が最初になされている。そして特に関心をもつのは、日本という場で起きた異文化や異なる思想伝統の選択と受容、そして深化の退席という問題であることも明言されている。そして、今現在もこの流れの末にあり、私たちが未来を考えていくところに、日本思想史の一部があるのだという観点、実に清々しい。思想を扱い叙述するというのは、こうでありたいと願う。
 古代から入るが、「自然」という概念への注意から始め、それが日本思想史に重要に関わるが故に、現代人が考えるものとは異なることに注意を喚起する。このように、著者のスタンス、またパースペクティブは、度々本文に紛れてくる。それほどに、著者自ら襟を正すかのように、本書執筆の態度を軸にする意志を感じるのだ。
 古事記については、かなり具体的に説明する。日本の国の成り立ちが何らかの形で基礎づけられる文献であるだけに、慎重に扱い、また理解していこうとするようである。また、この時代に天皇がどのように捉えられているか、どのように受け取られるように書かれているか、この視点も見逃してはならない。著者は天皇崇拝をするわけでなく、天皇を掲げ続けた歴史それ自体が、日本思想なのだというふうにすら考えているものだと思う。歴史を語ると政治史になってしまうが、思想史であるから、こうした点が問題となるのだろう。
 しかしそこへ仏教が日本に入ってくる。それは外国の宗教である。日本古来の魂を思う生死観に、仏教がどう関わってくるか、意義深いものがある。
 このように追いかけていくといつご紹介が終わるか知れない。聖徳太子はもちろんのこと、国風文化から浄土信仰の発生から鎌倉仏教、室町文化にくると文化という言葉が似合う、こうした流れを丁寧に辿っていく。これが近世になると、キリスト教との出合いが大きな意味をもつようになる。これに対する形でまた儒教が展開し、朱子学や陽明学が力をもつ。この辺りからは、人名が並ぶようになる。個人の思想が、実は日本の思想だという捉え方であるのだろうか。時代精神を個人が表したのだ、というような歴史観の故ではない。歴史の実現のために、思想が少なからず影響を与えるようになっていくのである。江戸時代は、キリシタンを排除した中で、戦争のない時代と言えるようなものだから、学問や思想に力を入れる人が現れて成果をもたらしたわけである。
 しかし政治との関連を追い始めると、思想史としてぶれるかもしれない。著者はもういきなり明治になってしまった中で実例を示すようになる。西洋との接触を得た明治期、新たな訳語としての「哲学」も始まる。最初に宣言したように、倫理思想史という視点を中心に置くから、倫理あるいは生き方という次元を重視するようになり、太平洋戦争時の国家統制との対決も見られる可能性があった。
 そして戦後のことも、幾人かの鍵になる人物を頼りに、いま私たちが置かれているのがどういう思想史の流れにあり、どこに流れていくかということを含めつつ、将来への課題を見つめ、哲学や倫理学についてのまとめの意識で解説が続く中で本文は幕を閉じる。
 著者は、必ずしも順番に読まず、気に入ったところを自由に読んでくれたらいいと最後に書いているが、果たしてこれは「あとがき」に書いてそれでよいのだろうか。とはいえ私は、やはり最初から読むほうが読みやすいだろうと考える。確かに著者は歴史の底流に一筋のものがあるという捉え方をしているのだが、その流れがどのようにつながってきたのかという点を理解したいと思うのだ。そうでないと、一口クイズにすぐ答えられるような知識を溜め込むために本書を利用するようなことになりかねず、それはもったいないと思うのだ。力作である。もしかすると魂をこめて書かれたと言うべきなのかもしれない。著者の眼差しは、他国のこと理解し、またその国に日本のことも理解してもらえるよう、コミュニケーションが定まるようにとの願いのところに向けられているのではないかと思う。そのためには、日本とはこういう考えをもつ国なのだということを、意識しておいたほうがきっとよいと思われるからである。




Takapan
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