本

『知っておきたい 日本の神話』

ホンとの本

『知っておきたい 日本の神話』
瓜生中
角川ソフィア文庫
\476+
2007.11.

 角川ソフィア文庫は、いつも良いところを突いてくるように感じている。日本の古典についても、原文を用意するとともに、入門書としてそのダイジェストと解説本意のものも多く発行されている。あまりに楽しいので何冊か読ませて戴いた。近代文学版もあったと思う。
 これは直接古典というわけではないが、古典の理解に役立つ解説本である。よくコンビニにある、ワンコインでひとつのテーマについて概説する、というような雰囲気もある。「知っておきたい」という誘い文句がないない効いていると思い、中身もその誘い文句から外れていないように見える。
 テーマは日本神話。となると、『古事記』と『日本書紀』が浮かんでくる。そもそも神話とは何か、というあたりから掘り起こすのが、事の順序として良いように感じる。しかし最初のほうでは、そのあらすじに拘泥するのではなく、「天神(あまつくに)」と「国神(くにつかみ)」の違いや、「和魂(にぎみたま)」と「荒魂(あらみたま)」との違いなどの概説から入るが、これも基礎知識を弁えるためには案外ユニークではないかと思われる。基礎概念の理解は、物語を読んでいく中でどうしても必要であるからだ。
 近頃の若い方々は、日本神話を知らない。クリスチャンがそのような言い方をするのは訝しく思われる方もいらっしゃるかもしれないが、大切なことだろう。民族の神話について無知であるというのはよろしくないと思うのだ。戦後民主主義の始まりにあって、かつての軍国主義を再現させないためにも、神国日本の思想の基になった日本神話は教育現場から駆逐された観があるが、知らないこと、教えられないことは、むしろ危険ではないかと感じる。オウム真理教事件は、そのような宗教を教えなかった教育の中から生まれたことは確実だからである。
 こうした理由から、程よく古典を理解することは必要だと考える。本書は、この神話が空想のものであるということを明確に弁えて叙述している。だから信仰といつたことから切り離して観察できる恰好になっている。また、これこれの信仰がどうだというような話もしていない。ただ淡々と、日本各地で祀られる「神々」について、それが何であるかを説明していくのである。
 もちろん記紀神話からの説明が長く、本書の大半を占めている。それでよいだろう。出雲と大和との関係がその中で解き明かされ、オオクニヌシの描き方がそのような時代背景によるものだと教えていく。もしかするとそれもひとつの解釈であるかもしれないのだが、出雲の神々は確かに日本古代における大きな文化事象であった。それが大和政権と関係していくときに、何かあったことは間違いない。本書はそのあたりを何度も説明する。おそらく適切であろうと思う。
 天孫降臨にしても、戦前であれば、天皇家にまつわる畏れ多い事柄としてかしこみ学んだことだろうが、私たちは文化的古典の内容として、時に実際の歴史とどのように関係しているのか、の謎解きを楽しみながら読んでいくことがであきる。
 これが、日本武尊(ヤマトタケルノミコト)あたりから、そうとう人間くさくなる。私も、ここから先は知識のストックにあまりなかった。しかし古代の神話は、九州でも宇佐神宮や香椎神宮というように、とてつもなく古い文化的財産があり、改めて、それらが大きな影響をもったものであることを知ることとなった。
 なお、これだけに本書は留まらない。伊勢神宮や上賀茂神社、春日大社など、ただの記紀神話に制約されない形でも、伝統ある文化の謂われについて解説が加えられている。神社には実に様々な祭神や歴史があるのだが、こうしたことには関心のあまりなかった私は、そうだったのか、という思いばかりが走るのだった。
 本書の「まえがき」に、印象的な部分があった。最後にそれを引用する。
――先ずは読み物としてそれらの神話を愉しんでいただきたい。その上で批判的精神をもって神話の世界を渉猟すれば、広く民衆に支持された神話の真の姿を読み取ることができるのではないか。




Takapan
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