本

『ヨハネの黙示録』

ホンとの本

『ヨハネの黙示録』
小河陽
講談社学術文庫2496
\920+
2018.5.

 岩波訳と称される、翻訳委員会訳聖書の新約聖書・ヨハネの黙示録を文庫化したもの。全くその岩波訳のままに本文を移しているのではないかと思われる。但し、文庫という制約の中で、注釈は少なくなっている。それは、本文の理解とは離れる議論などを除いたということであって、ページ数の問題ではなさそうである。
 岩波訳は元々分冊で出され、黙示録も美本として出ていたが、そこにもキリスト教美術の歴史の中からヨハネの黙示録を描いたものを載せていたらしい。私の手許にあるのは新約聖書のまとまったものなので、図版はない。本文庫にも、それらの図版が掲載されている。やむをえないが、白黒というのはもったいない気もした。せっかくの美術作品である。やはりカラーで見せてほしかったとは思うが、経費上仕方がないのかもしれない。
 それにしても、ヨハネの黙示録には、ツッコミどころ満載である。どだい、その象徴的表現をまともに絵にしたら、とんでもないオカルト的で悪趣味な絵となることは当然と言える。それでも昔の人は、絵にせざるをえなかった。ひとつには、文字が読めない人が大多数の世の中で聖書の教えを示すには、絵という手段が必要だったからである。また、とくにこの地獄絵のような姿は、特にひとを脅すのに威力があった。日本でもどうして地獄絵がたくさん描かれたかというと、理由はそういうことなのである。
 本書は、ヨハネの黙示録の成立過程を悉く記すわけではない。よく分からないというのが実情だからである。但し、正典に取り入れられるまでにいろいろ問題があった旨は載せている。これはある程度はっきりしているからだ。長からず短からず、解説としては必要十分な量ではないだろうか。
 本書のウリのひとつはおそく、図像についての説明であろう。これは元の図版の選択などをしたという、キリスト教美術の専門家である石原綱成氏が、「「ヨハネの黙示録」の図像学」と題した文章が掲載されている。本文中の図版にも簡単な解説が付せられているが、それを補うような解説もここには並んでいる。専ら、図像としての成立についての角度から語られているので、聖書本文の読み方といった次元とは別の立場から楽しく読むことができる。近年キリスト教美術についての関心が日本では高くなっているが、それというのも、聖書そのものを全部読むのかかなわないし思想的に理解できないにしても、気になるキリスト教を理解するには、絵画を見てその説明を受けるのが近道ではないだろうか、というふうにビジネスパーソンや一般の読者が考えているからではないかと思われる。本書が狙ったかどうかは分からないが、そうした一般の関心にも応えるような形になっていると言えるだろう。
 この図像については新鮮なところがあったが、私としては、買わずもがなの一冊ではあった。学術をポケットに、という目的からして、黙示録を持ち歩くというのならそれでよいが、おぞましい内容の黙示録を愛読書だとして携帯する勇気もあまりない。特に、以前の岩波訳と同じものであるというのは、少し歯がゆい気がする。
 しかし、せっかくこうして新たに編集して出版するのである。聖書解釈の上からも、何らかの新たな進展に関してのコメントがあってほしかった。著者自身それができなかったと断っているものの、その語に出た最新の、田川建三訳の黙示録は、ショッキングな提言をしたに違いないし、それに対するレスポンスというのが、この時期ならば、あって然るべきだった。時間的な余裕がないとはいっても、何かできなかったか。もちろん、学者というものは、安易な思いつきや感情で一方的に批判をすることは許されないと自覚しているはずである。十分な検討を経て初めてひとつのテーゼが言えるというのがそのあり方であるだけに、気軽にそうしたコメントができるものでもないだろう。機会を改めてでもいい、田川建三氏の説をどう捉えるか、学会からの見解、あるいはこのような訳者としての先行者の捉え方を、垣間見てみたいと思っている。




Takapan
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