本

『ユダヤ人の歴史』

ホンとの本

『ユダヤ人の歴史』
鶴見太郎
中公新書2839
\1080+
2025.1.

 著者自身、ユダヤ3000年の歴史を新書で綴るなど、荷が重いという話だった。ご尤もである。まだ若い方だが、ヘブライ大学やニューヨーク大学などに触れた後、東京大学大学院の准教授をいま務めている。ユダヤ史方面が専門であるからこその、本書なのだろうし、その方面の著書もある。
 印象としては、文体がよい。淡々と述べてゆく。妙な感情や、回りくどい表現で飾るようなことをせず、事実だけを並べてゆく。また、その先の出来事につながる原因めいたことも明かしておくし、以前のことが影響している点にも触れる。ひとつの物語を読むような気持ちで、読み進むことができたと思う。
 物語とは言ったが、これは歴史である。歴史そのものの内容は変わらない。ただ、パースペクティブというものがある。切り取り方が、切り取る人の世界観に基づく場合がある。それを、「まえがき」から見つめてみたい。ニューヨークの体験である。ユダヤ教の信徒らしい少年が、律法を守るために戸惑っている場面に出合った。そこには、「現代社会の最先端を横目に淡々と伝統を墨守するこのギャップにこそ、ユダヤ人の生き方の真骨頂がある。」それは、「居住国と折り合いをつけながら、自らの原則は貫く。そのことが仲間内の信頼につながり、ネットワークが維持されていく」ということである。それで、「何と組み合わさり、ユダヤ人自身も「カスタマイズ」していくのか」に注目して、読み進めてもらいたい旨が記されている。
 特別な予備知識なしに通読できるように書いていることも、そこで断っている。しかも高校生にも馴染めるように、高校の世界史の教科書に沿うような工夫が凝らしているというのだ。但し、主人公はユダヤ人である。そのユダヤ人についての紹介に始まり、まずは旧約聖書から始まるのだ。これについても、聖書をよく知らない人が読みやすいように配慮されているから、感心する。
 キリスト教との関係が濃くなるのは、むしろ中世のようである。そこまでは、とにかくまず、いわゆる「ユダヤ教」が成立する段階が必要であり、その後イスラーム世界との関わりもあった。このイスラームとユダヤ教との近似性についても本書は触れており、興味深い。この点は、案外広く考えられてはいなかったのではないだろうか。
 近世に入ると、オランダとオスマン帝国に於けるユダヤ人のあり方。それから大きく取り上げるべきは、ポーランド王国に於けるユダヤ人であろう。アシュケナージという位置づけは、もっと歴史の中で押さえておくべきポイントであるはずだ。
 また、ユダヤの神秘主義も、一部の好事家が重んじるところではあるが、ユダヤ人の歴史の中ではきちんと捉えておかなければならないことであろう。
 近代では、ドイツとロシア帝国に注目する必要がありそうである。ロシアはやがてソ連という国家の形をとるが、第二次世界大戦後は、イスラエルが国家として蘇るところが、やはり華々しい。これについては詳しく述べた本が幾万もあることだろう。本書では限られた範囲で述べなければならないが、逆にここまでのユダヤ人の背景をたっぷりと語っているので、ある意味であまり拘らず、流れるように描くことができるようである。シオニズムの思想が、アラブ人との折り合いをどう付けるか、というところだが、そこにはイギリスの三枚舌が陰で決定づける役割を果たすなど、もはやイスラエルその国というよりも、西洋の勢力争いの影響がまともに出ていたという辺りも、さらりと綴られている。
 ホロコーストについては幾らでも言いたいことがあるのだろうが、本書は「歴史」を語る。論議を呈する場所ではない。戦後パレスチナで繰り返される戦争の意味やそのもたらしたもの、各方面の国々との関係などにも触れながら、通史としての役割は、本書は十分に果たしていると思う。
 そして最後に、忘れてはならないのが、アメリカとの関係である。それは、アメリカとの関係もさることながら、文化多元主義が貫かれる現代に於ける、イスラエルの位置というものも考えていかねばならないことが扱われる。
 こうして淡々と綴ってきたかのように見えるユダヤ人の歴史であるが、終盤で目に留まった一文がある。「つまり、イスラエルという存在を歴史のなかの組み合わせから捉える思考は、私たち自身に求められている」というものだ。これを心に留めた読者は、果たしてどれくらいいるだろうか。私も、ほんとうに心に留めているだろうか。




Takapan
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