本

『イエスはなぜわがままなのか』

ホンとの本

『イエスはなぜわがままなのか』
岡野昌雄
アスキー選書067
\780
2008.6

「なぜ〜なのか」というタイトルは、私は好きではない。本を売る側の考えるテクニックであり、事実それなりの効果があるとされているものの、この本には、もう少し違った書名が付けられてしかるべきであったのではないか、という気がしてならない。おそらく、出版社の意向なのだろうとは思う。昨今この口調が売れると信じられている。まず人目を惹き、手にとってもらわなければ、売れるきっかけにはならないからだ。商売とは難しいものだ。
 しかし、読めば、そういう問題ではなかったことが分かる。
 著者自身の生い立ちや信仰歴にも随所で触れられ、生徒時代に福音に触れ、その後哲学を学ぶようになった。ギリシアやラテンが専門である。フェリス女学院の学院長をも務める。しかし、その信仰に関する証詞が、真摯で誠実である。何より、衒ったところがなく、神学用語を多用してやろうなどという思いが微塵も見られない。できるだけ日常語で、しかし概念包摂関係をはっきりさせようとして――私が衒ってどうする、要するに言葉が示していることに曖昧なところがないように、はっきりと境界線を引くということなんだが――、誰にでもすんなり読め、できるだけ誤解がされないように配慮してある。この辺りは、哲学者の得意とするところであろう。
 福音書に触れた学生や一般の方が、イエスの言動に疑問を抱く。非常に自分勝手ではないか、と。それは、キリスト教や聖書に対する固定されたイメージに由来するものではあるけれども、ではその点クリスチャンはどう読んでいるのか、どう答えるのか。哲学者が明らかにしなければならない課題であることは間違いない。この問いは、信仰の領域というよりも、たしかに日常の、そして思考可能な領域にあるものだからである。
 人との対話もしながら、著者はむしろ自分と対話をする。否、おそらく神と対話をして、その答えを自分なりに出す。それは他人に押しつける考え方ではない。その点も誤解のないように記されている。自分の解釈が唯一正しいと言い張ることが、如何に危険であるか、について。
 さて、表題の問いへの答えは何か。それは本の中にある。私の印象では、誰もが納得するようには答えられていないように見える。強いて言えば、それは「分からない」というものだろう。そしてそれが、誠実な答えであることについては、私はいたく納得する。イエスを非難するつもりもないし、イエスをただ擁護するつもりもない。そもそも聖書は、著者が言うように、客観命題のように述べられているものではなく、証言集であるからだ。そのあたりの喩えは、実にうまい。思うに、この著者が福音書を書いたら、ずいぶん明晰な福音書が出来上がっていたことだろう。
 この本は、こうしたイエスに対する素朴な疑問というところから入り、次に、「言葉による誤解」をひとつひとつ解明しようとする。このあたりは、まさに哲学である。哲学の歴史そのものが、言葉への誤解だという理解は、今日どの哲学者にとっても常識とされているが、聖書を読む人一般にそれが意識されているわけではない。さらに言えば、信徒でさえ、おそらくどこか誤解している面があるのではないかと思う。その点、これはすでに信じている人が読むと、目が開かれる本であると確信する。
 最後に、「信」についていろいろな角度から光を当てる。もうこうなると感動ものである。詳しくは実際にお読み戴くのが一番である。
 どうして私が感動していったのか。それは、私のスタンスと非常に似ているからである。私もまた哲学に関わっていた。ただ、私は哲学が先で、その後信仰であった。著者はその順序が逆である。しかし、見えている風景は、たいへんよく似ている。私の心象風景にも、この著者と同じような景色が見えると言っても、決して失礼にならないだろうと思う。むしろ、私がまだ言語化できていないところを、さすがプロの哲学者であり、私よりも人生経験の長い著者である、見事に言語化し、概念化してくださったものと喜んでいる。
 それから、四年前に起きた著者にとって最大の出来事が、そしてそれに関する神との対話が、私を泣かせる。様々な意味で、この本に触れたことは、私にとり大きかった。きっと、お読みになった皆さんの上にも、何かが伝わっていくことだろうと思う。平易な言葉で、これほどに福音の真髄を伝えることができるものだ、という感動と共に。
 だから、著者が懸念しているように、キリスト教関係者の大いなる批判を浴びそうだ、という心配には当たらない。心ある信仰者は、肯くことはあっても、この本の内容に噛みつくことはありえない。あるとしたら、それは、的を外した世界を見ているということになるだろう。私は、そう思う。
 そういうわけで、これは信徒を含め、キリスト教に何らかの関心をもつ、すべての人にお勧めしたい。




Takapan
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