本

『入門 日本近現代文芸史』

ホンとの本

『入門 日本近現代文芸史』
鈴木貞美
平凡社新書
\940+
2013.1.

 骨太の文学史である。しかしタイトルには「文芸史」と付けている。これについては、序章の最後で触れている。文学の変化を、その概念の外に立って観察する必要に駆られ、文学をより自由に考えていくために、「言葉によって表現し、それを受けとるワザ(技ないし芸)」としての「文芸」それ自体の歴史が形づくられていくところまで見ていくために、「文芸史」こそこの書の道である、とするのだという。
 つまりは、本書では、文学作品だけを取り扱っているのではない。様々な芸術やメディア、そして哲学などの思想、あらゆる文化との関わりの中で、文学を取り上げていくということである。これことは、本の帯にも明言されている。
 実に骨太ではあるが、扱う内容が実に多岐にわたり、また深めようと思えばいくらでも深められる内容である。それでいて、新書という制約の中で収めるために、印象としては駆け足であらゆる人の名前にタッチしていくような感覚がある。確かに、参考文献までで400頁を数える分厚さがあるが、実は文化事象ばかりでなく、社会現象や時代の動きも十分に触れておかなければならないために、益々一人に割くべきスペースは限られてくる。夏目漱石でも森鴎外でも、ほんのわずかしか語れないのである。だから、特定の作家についての細かな思想や生涯については、ここに期待してはならない。期待すべきではない。それよりも、日本の歴史を学ぶつもりで、その中で文芸の意義を痛感するために、読んでいくべきであろうと思われる。つまり、芸術が世の中で何ができるか、という視点を大いに感じさせてくれるものだと思うのだ。
 時代としては、明治から始まる。翻訳という課題から始まるようなところもあるが、その背景にも、帝国大学の創設や、印刷技術も考慮に入れなければならないことを教えられる。また、教えられることには、その時代時代に、日本の古典が見直され、また小さからぬ影響を与えて注目されているところである。この明治初期においても、万葉集や源氏物語への関心が大きかったことなどが扱われ、こうした視点は大いに参考になる。
 明治後期になると、ヨーロッパの芸術から言葉を借りて、あるいはそうした動きにより日本なりの刺激を受けていることも分かるし、とくに象徴主義の意義が大きいことが、本書のひとつの論点となっているように感じられる。わざわざ短歌の世界に絞った叙述もあるのだが、対象から昭和に向かうとき、日本の象徴詩というものが大きな意味をもってくる様子も描かれる。
 こうした時期に、私小説への注目もある。しばしばそれは日本の小説の大きな流れであるかのように扱われるが、本書ではここに大きな位置をもたせていないように見える。むしろ社会主義という問題が思想的にも大きな影響を与えるが、そうした視点を、戦後文学においても重要なものとして保ち続けるものである。その前に戦時中の文学もあるが、そこには戦争という思想が確かにあり、近代を超えていくことへの問題意識が、西欧もそうだが、日本にもあったという点について考えなければならないことを教えられる。
 戦後は、最後に生命主義という方向性の中で論を終えるが、それは著者のひとつの願いであるのかもしれない。もちろん、多岐にわたり収集のつかないような現代文学であるかもしれないのだが、エコロジーを無視しては私たちは未来を想像することができないような情況へ導いてしまった。そこでも文芸は、ペンは、何かできるはずだ。何かしなければならない。そんな勢いを感じるような気がしたのだが、これはただの私の感想である。
 著者の渾身の一冊ではないかと思う。その著者の本意を誤解しないためにも、私の無責任な印象で判断なさらずに、どうぞそれぞれの方が、直にこの「文芸史」を体験して戴きたいと願うばかりである。




Takapan
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