本

『ジャズ・カントリー』

ホンとの本

『ジャズ・カントリー』
ナット・ヘントフ
木島始訳
晶文社
\980+
1969.7.

 青春小説として名高いものだという。音楽は好きだが、この本については私は無知だった。松居直さんのお勧めとあれば、読みたくもなる。勧められて間違いがないからだ。
 トランペットを吹く高校生のトム。彼は白人だった。このことがこの本を大きく貫く糸となる。父親は弁護士だが、音楽には理解がある。何不自由なく育ったトムだが、ジャズを聴いてその世界に惹かれていく。プロのミュージシャンになりたいと願っている。
 憧れのアーチストであるゴッドフリーと実際に出会い、実は愛されているのだが、表面上は冷たい態度のまま仲間たちと付き合いを続ける。演奏をする機会にも恵まれるが、そんなにうまくはいかなかった。特に、そのジャズの面々は黒人たちであって、トムが白人ということだけで、最初からうまくはいかなかったのだ。
 トムは大学進学かプロかと悩むが、ジャズの魂にどう近づいていくか、というところも見ものである。そして、黒人差別の現実の中で、何が正義であるのかについても憤りを覚えるが、黒人たちはそれに逆らう真似はしないようなシーンも印象的だった。
 作者のヘントフは、実は名うてのジャズ評論家。音の出ない文学という形式の中で、決して音の描写を巧みになそうとは思わない中で、知識に裏打ちされた筆致によって、まるで音が聞こえてくるような気にさせるのはなかなかのものだった。ジャズについての知識は注釈を要するほどで、この註だけで立派なジャズ解説にもなっていると思えるほどである。紹介されている膨大なレコードの数々は、それらの曲を知っている、あるいは実際に演奏するような人にとっては、しびれるほどの一覧ではないかと思う。1960年代のジャズの現状や批評も交え、マニアにはたまらないものだろう。
 確かに青春である。そして、特別に不幸な境遇にあるでなし、裕福とも言える白人少年が黒人とあたりまえのように友情を築いていくことが、どこか現実離れしているように思えてならないとしても、妙にリアリティのある場面の描写で、いきいきと人物が動いているあたりは、若い読者のために書こうと思い立った初めての小説であることなど、思わせることのない腕前であった。それというのも、音楽に対する適切な知識と愛が溢れているからなのかもしれない。また、人種問題を論じているわけではないが、それを克服する可能性をひとつ提示しているように見えるのも、若さの中での輝きとして注目すべきものであったと感じる。
 かつて、この本を読んで、音楽への道を本格的に志すようになった、というミュージシャンもいるそうだ。それだけの魅力をもっていることは確かだと思う。それが果たしていまの若者に響くかどうかは分からないが、単行本も文庫本もすでに古書としてしか流通していない中、案外安価でそれが手に入ることを知れば、まだまだ息を吹き返す力をもっているのではないか、と私は密かに楽しみにしている。
 なお、ジャズ・カントリーというと、音楽のジャズと音楽のカントリー・ミュージックのように聞こえるが、これは「ジャズの国」という程度の意味である。お間違えなきよう。




Takapan
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