本

『日本語化したキリスト教用語』

ホンとの本

『日本語化したキリスト教用語』
岩村信二
教文館
\1600+
2009.9.

 あまり期待しないで取り寄せたが、面白かった。
 ポリシーも感じられるし、解説も適切だと思う。また、その解釈も常識を弁えており、聖書への信仰があるのはもちろんだが、一般の人が読んでも違和感がない書き方がしてあることを感じた。つまり、信仰者だけが読んで盛り上がっていくというものではなく、理知的に読んでも十分読めるし、理解も進むという、理想的なスタンスで書かれているように思われてならなかった。
 最初に構えた訳は、著者この発行時に90歳を手前にした方だということで、ご立派な肩書きではあるが、それが日本人のキリスト教理解について項目毎に次々と書いて行くというのは、えらく古びた視点から堅苦しく書いているのではないか、と予感したからである。
 その予感は、よい意味で裏切ってくれた。ずいぶんと柔らかな頭脳から、聖書の核心をてきぱきと紹介する腕前は、失礼な言い方だが、年の功もあるのかと驚いた。  最初に、「西暦」「週日制」「クリスマス」「キリスト教式結婚式」「ミッション・スクール」を「五大定着語」として位置づけ、少しゆっくりと説明する。歴史的な視点も含み、そして聖書に書いてあることも紹介しながら、手際よく綴っていく。クリスチャンであれば、これらのどれも常識的なものばかりであるかもしれないが、ここから始まる、百を超える様々な用語(162語あるという)についての叙述は、こんなふうに綴ってみたいというお手本のようにさえ見えた。
 もちろん、発行後十年を経て見たときには、少し古い視点もないわけではない。世相と比較して記すときには、その世相自体がすでに過去になっているし、執筆当時に著者に見えていたものが、必ずしも21世紀の様子ではないのかもしれないと思われる印象もあった。しかし、大切なのは、聖書の解説が的を射ていることである。信仰の要点をまとめてあると、クリスチャンもなるほどと思えるし、十分大切なことが学べる。もしかすると、クリスチャンと自称しながら、実のところ日本人が普通に誤解している、そのような意味で聖書を理解していたかもしれないことに気づかされるのではないかとも思われる。
 一つひとつの項目に、その日本での一般的な理解が「ほぼ正確な定着語」であるとか、「サビ抜きされた定着語」であるとか、「既存の概念の深化」「新概念の定着」「誤解された語」とかいうようにカテゴライズされていて、こういう捉え方もなるほどと思える。
 哲学は用語の誤解の歴史である、というような捉え方がある。同じ哲学用語を用いて議論していても、一人ひとりが別の意味を想定している中で、同じ語を介して議論していても、噛み合うはずがないのである。また、その語をどのように定義するかにより、議論の方向と結果が違ってくるというのも、考えてみれば当たり前のことである。私たちも、同じ語を用いて話し合い互いに納得した後に、こんなはずではなかった、と問題が発生することが多々ある。
 このようなことは、クリスチャン同士でもあるかもしれない。いや、歴史上の争いはそういうものばかりであったかもしれない。「父と子」の関係で教会は分裂したし、「聖餐」を巡りさらに分かれていった。へたをすると「キリスト」や「神」であっても、教会により、さらに個人により、違った定義と理解をしているかもしれない。
 日本人一般が、聖書の標準的な理解とは異なる理解を、その同じ語に対してもっているというのも、当然すぎることであるだろう。だが、それをどのように異なるのか、を本書は指摘しようとした。ここに意味がある。
 中には稀だが「正解語」というのもある。めったにないので探してみたら面白いだろう。
 なお、誤解されてはいけないので、解説について付け加えておく。解説は、なにも聖書のどっぷりと使った神学的な議論をしようとしているのではない。日本におけるキリスト教の歴史や、かつての教会がどうだった、誰それがこれを伝えた、そんな、知っておきたい現実の歴史や背景についても、多くを語ってくれる。キリスト教世界のいろいろなことを教えてくれるという楽しみもあるので、クリスチャンにとり収穫の多い本ではないかと思う。そして、日本社会において、キリスト教をどのように伝えていくべきかを考えてみたい場合にも、これはもちろん大いにヒントになることが詰まっていると言えよう。
 こうしたバックボーンを知りながら、さらに私たちは、置かれたこの場でどうしていくか、一人ひとりが祈りつつ考えていくべきなのだろうと思う。いずれにしても、このように「ことば」に対して真摯な眼差しとともに、注意深く接していくということは、「ことば」なる神に向き合う私たちにとっては、こよなく大切なこととなるものであろうということは、私が常日頃主張していることでもあるし、本書もまたそれを支援してくれる声となるはずである。




Takapan
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