本

『日本イラストレーション史』

ホンとの本

『日本イラストレーション史』
美術手帖編
美術出版社
\1800+
2010.10.

 美術手帖というから、その道のエキスパートである。日本のイラストレーション史を、豊富なビジュアル資料に基づいてコンパクトに示した。それは、業界ならでは、プロの目に留まった、大きな影響を与えた人や作品であって、素人からすれば、これがそんなに意味のあるイラストだったのだ、と驚かされたり、あるいはまた、このデッサンの狂ったイラストがそれほどすばらしい作品だったのだ、と思い知らされたりして、刺激の多い本であった。
 ここには、作品としての見事さももちろんあるけれども、その人となりが十分調べられ、語られているところがいい。イラストとしての作品だけがそこにあるのではなくて、当然のことだが、それを生み出した人物がいる。その人は、その人の個性でそれを描いたのであろうが、その人を生み出した時代というものも意識すると、さらにダイナミックに、このイラストの出現について考え、また捉えることができるものだろう。
 もちろん、掲載されていない人もあるし、そのファンでいると、どうして載っていないのだと思うことがあるかもしれないけれども、いくつかのキーワードと共にまとめられた中で、一冊の本としてのポリシーのようなものもあるように思われ、そのあたりを読み解くためには、よほどのデザインやイラストの才能も必要であるのだろう。
 表紙には坂崎千春氏の、Suicaでおなじみのペンギンが、インパクトありすぎの形で正面きって立っており、その頭部のカーブに合わせて、「これ1冊で、すべてがわかる!」と赤い文字が目立つ。裏表紙にはこのペンギンが小さく列を成して歩いているが、最後の一匹がこけている。しかしこけているこのペンギンだけが、笑っているように見える。さすがの表紙である。
 教会のためのチラシをデザインしたり、ツイッターの画像を作成したりすることがある私は、ある程度の理論は見聞きしているから、あとは実例から刺激を受けることが必要だと感じていた。それは、見本として見たものをそのまま真似しようというものではない。何でもよいのだ。刺激を受けたい。風が吹いてきてほしい。幻を見るための準備を与えてほしい。
 これは、クリエイティヴなことをなす人の多くが、同じような経験をしているものではないかと思われる。私もそういう思いでいたものだから、今回図書館でこれを見てすぐに手に取ったという具合である。
 多くのデザイナーが、その作品一つだけで紹介され、多くはそれで通りすぎていく。なんともったいないことか。しかしこの150頁程度の本であれば、やむをえないところだろう。それでいて、やはり表紙の「これ1冊で、すべてがわかる!」の言葉がやけに気になる。この本で完結しているとは思えないし、十分伝わりやすいようにイラストレーション史を説いているかと言われたら、甚だ自信がない。しかし、十分そこからインスピレーションを与えられうるものではないかと思われてならない。小さな図版のひとつだけで語られたアーチスト一人ひとりが、その作品からの圧倒的な迫力を以て、私に迫ってくる。
 これにより「すべてがわかる」かどうかは一旦棚上げしておくが、この歴史を生んだイラストレーションの数々に、ただばらばらに見ていただけでは気づきようもない、時代の力と、社会や芸術界を動かしてきた原因のようなものを感じることができる。
 そうして、むしょうに何か描きたくなった。これだけの名作を見た後であるのだが、不思議と、何かが私を動かそうと努める。きっと、何でも描いてよいのだ、と背中を押されたような気がしたのであるに違いない。




Takapan
ホンとの本にもどります たかぱんワイドのトップページにもどります