本

『古代イスラエルの思想家』

ホンとの本

『古代イスラエルの思想家』
関根正雄
講談社
\1800+
1982.11.

 人類の知的遺産というシリーズの記念すべき第一巻である。このシリーズは実によくできたもので、たんなる著作というのでなく、一流の研究家が、その人物について生涯や歴史的背景を手際よく説明し、また一部は著作を抜粋して紹介するなどもする。それはその人物により異なるウェイトを持っている。ということは、その人物により適切な紹介がなされているということになる。古代イスラエルの思想家という名では、実際預言者イザヤで止められている。旧約聖書のすべてを覆っているわけではない。また、そのために関根正雄という信頼のおける、しかも最新の研究に通じていて、新しい学説をふんだんに活用できる学者を準備した。
 とはいえ、すでに長い月日が経過している。これが最新の世界の学説だ、と言うことはもはやできない。だが、真摯な議論は傾聴に値するし、少し以前にしろ、筆者の触れた学者たちの細かな議論や立場が明確に示されていて、学びとしては十分である。そのあたりの叙述については、筆者の説明はたいへん分かりやすい。説明がうまいというのはこういうことをいうのだろう、という見本のような語りぶりである。見習いたいと思う。読者が歩く道を整えており、誰のどのような考えであるかを、極端にいうといつどこから読んでも把握できるような書き方なのである。
 このシリーズ、今では古書店に並んでいることがある。先日福岡の丸善の古書市で見かけたら、どれも500円で販売されていた。古書としてはひどく安いとは言えないレベルであるが、いまなお読む価値のあるものが多いし、また勉強になる。先般はロヨラについてこれで学び、その人となりや歴史的背景など、やたら詳しくなってしまった。今回は旧約聖書の世界なので、私には一応の了解というものがある。それでとびきり驚くことが書いてあったわけではないが、やはり細かな学究的論議というのは専門家でないと知らないことばかりなので、学者たちがどのような点で対立したり意見を戦わせていたりしたのか、垣間見た思いがする。
 最後はイザヤで締め括られるが、預言者としてはアモスの位置が大きく受け取られている。これは最近私も強く感じ始めた。また、創世記が面白いのは確かであるが、歴史的な思想家としてはやはりモーセという人から始めるのが常道であろう。イスラエルの中で、バビロン捕囚から申命記というまとまりの中でモーセが育まれていくことになるのだろうが、そのときに出エジプトが強調されていくことと、捕囚からの帰還ということについては、2つの派閥のような捉え方があるようにも見え、旧約聖書も一筋縄ではいかないところがある。しかしまずはモーセという過去の伝統が、民族をどのようにまとめようとしているのか、そのあたりの事情も、ことのほか専門的で詳しい。なかなか他の入門書では味わえない醍醐味があった。
 非常にレベルの高いこうした書物が、一般的に売られていたという時代、今はなんだかそれとはずいぶん違ってきたように思えてならないのだが、どうだろうか。




Takapan
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