『私のまんまで生きてきた。』
平野レミ
ポプラ社
\1500+
2024.11.
平野レミさんについては、説明は要らない、と言いたいが、一応簡単に触れておくと、料理愛好家として、テレビで時折、すごい料理をつくる。最近ではNHKによく登場するが、とにかく声が大きく、よく喋る。早口でまくしたてるように話すが、言い淀む調子もなかなか特徴的である。
シャンソン歌手でもあるというが、やはりテレビで喋りながら料理を豪快につくっている様子が、人々の目に浮かぶのではないかと思う。書いた本が料理レシピ本大賞を受けたこともある。
本書は、大きな文字で100の見出しがどーんと置かれている。一番言いたいことを一言で言うとどうなるか、がかなり大きな文字でまず頁に現れる。そして、普通の本よりは大きな文字で、十分な行間を空けて、その説明や背景が語られる。この辺り、ポプラ社という名前に相応しい書き方かもしれない。
時折写真ある。若いころの著者や、生活のひとこま、あるいは旅先の写真など、内容と直結して利用されているというよりも、著者の人生を豊かに彩るものが挟まれていて、雰囲気を醸し出しているように見える。
最初は、番号を振らずに、「声が大きい」ということについて、大きなゴシック体で語り始め、その後、項目が並ぶ。章立てとしては、「私の生き方」「私とお料理」「私と子育て」「私と家族」、そして最後の章が「私と和田さん」となっている。すべてに「私」が付いている。確かに、自分語りの本なのだ。だが、テレビでお見受けするそのままの声や口調がその活字にのって聞こえてくるから、ちっとも嫌味がない。そしてそのどれもが、表紙にあるように、「ありのままの自分で気持ちよく生きるための100の言葉」の一部を成しているのだ。
そのところどころを気ままに拾ってみる。「嫌な人とは付き合わなくていいの」「本当のことだけ言えばいいじゃないの」「嫌いなことぜ〜んぶやめちゃいましょう」という看板だけ見ると、なんてわがままな、と思う人がいるかもしれない。テレビでの様子も、わがままで好き勝手だ、と批判する人がいるだろう。だが、心の奥では、ああいう正直な生き方ができたらいいなあ、という憧れのようなものも、そこにはあるかもしれない。
レミさんは、演技でああやっているのではない。だから、本書を見てその心の中を知るとき、画面の中でも実に正直に生きて、また発言しているのだ、ということがよく分かり、私などは本当に爽やかな気持ちになるのだ。
料理のことは、とても大切にしている。仕事だから、というのもあるかもしれないが、読んでいくと必ずしもそうではないことが分かる。生活の中、あるいは生きることにおいて、「食べる」ということが如何に大切であるか、その思いが、ひしひしと伝わってくるのだ。「ずっと誰かのために料理を作ってきました」「義務で料理をするのはつらい」「人にも食材にも敬意をもって」「失敗したら、あははって笑っちゃいましょう」、そして「世界の平和はキッチンから」と、達観した、などというとお叱りを受けるかもしれないが、実に正直に、ストレートで心が飛び出してくる。
もうここまでお聞きの方で、うらやましい、と身を乗り出した方がいるかもしれない。否、そうであってほしいと願う。
子育てや家族については、プライバシーがかなり入っているので、この場では遠慮するが、大胆で、しかし気づかされたことは正面から受け止め、自らを変える一面も感じられる。人を大切にする心がそこにあることが分かるのだ。
本書では「嫁」という言い方をしているからそのまま使うが、嫁の一人が上野樹里である。この人のことも出てくる。そして夫が、イラストレーターなどで有名な和田誠である。結婚の経緯も本書にあるから、読んでとてもよいものを覚えた。和田誠さんは、2019年に亡くなっている。悲しくて仕方がなかったと思うが、やがてまたレミさんも活動を始めて、元気な姿を見せてくれている。
従って本名は「和田レミ」であるが、元々の姓をずっと仕事の上では名乗っていることになる。そして夫のことを、どうしても「和田さん」としか呼べないことについても、本書に説明がなされている。
最後の章が和田さんのために捧げられているように思うが、ここには、好きで好きでたまらない姿が、どの言葉からも伝わってくる。こんなに愛された夫は、幸せだと思う。口先で妻の悪口を言うような男の人は、このように愛される秘訣を学ぶとよい。夫を愛するとはどういうことか、女性もぜひ読んで戴きたいと思う。
形に囚われない葬儀であったことも、愛情たっぷりに、写真も入れて紹介される。どうしてそのような形にしたのか、についてもたっぷり語られている。谷川俊太郎さんの手書きの詩が祭壇に掲げられているというから、夫妻がどれほど周りの人々から大切にされたのかも伝わってくる。
父親の故なのかもしれないが、レミさんは、カトリックの洗礼を受けている。「歩く放送事故」とも呼ばれた大胆な人であるが、本書にも現れている、実は細やかな心遣いや、なにか信念を貫く生き方というものは、よい意味でのクリスチャンの性格として、私もあやかりたいように思うものである。若い頃からきれいな顔立ちで輝いていたことが、本書の写真からも窺えるが、実年齢を知ると、あのテレビの姿がそれなのか、全く信じられないと思う人が多いと思う。そう、私は思う。この人は「輝いている人」なのだ、と。

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か
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