本

『私は正しい』

ホンとの本

『私は正しい』
安藤俊介
産業編集センター
\1300+
2021.3.

 著者の肩書きは、「一般社団法人日本アンガーマネジメント協会代表理事」ということで、世界的組織のこの団体の中で、日本におけるトップだそうである。しかも、世界に15人しかいない最高ランクの一人なのだそうだ。
 そう言えば「怒らない方法」のようなコンセプトの、ちょっと明るい雰囲気の本を見かけたことがある。マスコミへの売り込みがうまいので、それなりの知名度があり、信用もされているのだろうと思う。怒りを覚えたら6秒待て、というのは、けっこう世に知られていて、芸能人なども含めあちこちで耳にしていたが、この団体の出した本だった。けっこう売れているのだろう。
 今回、図書館でタイトルに惹かれて借りたものであるが、非常に読みやすかった。あまり深く考えずに、最後まで流すように読むことができた。
 サブタイトルに「その正義感が怒りにつながる」とあり、数あるその著作の中でも、「正義感」というものがテーマになっていると思われる。実際、目次にある5つの章はすべて「正義」という言葉が入って立てられている。そして今回この本を売ろうとしている窓口は、コロナ禍において際立ってきたように報道されていた「正義感」に対するものだった。
 正義感が強い人が怒りっぽい。この原理を揺るぎない真実としてスタートさせれば、これに乗った人は以下の本文にすんなり同調できるだろうという道を用意していた。私はひねくれているから、このテーゼは肯定できない。怒りは神に委ねるという信仰がある者にとっては、正義感は人一倍強いが、自分が怒ることから解放されている。そこで、本書の内容にも批判的に見る眼差しが最初からできてしまった。
 正義感は心の闇から生まれるのだそうだ。逆説的だが、「正義感を暴走させて怒る人は、普段自分の居場所がない、自分は受け入れられていないと感じている人です」と断言されていると、けっこう説得力がある。
 正義は中毒になる人がいるそうだ。しかもそこで、「多様性が進むことは、自分がこれまで信じてきた、大切にしてきたものが裏切られることが増える」ために、多様性が尊重される時代において、むしろ怒りがふんだんに現れるようになっているという構造を明らかにする。自分の中の道徳に反するものが社会の「多様」の中に現れてそれを認めよというのが、我慢できないのだという。そして、「あなたの正義中毒度をチェック」と、イエスの数で判断する「チェック」が始まる。
 この「チェック」は、最後にもあって、「あなたの正義感タイプをチェック」するお祭りが備えられて、それでぷつりと本は終わる。これは心理的に巧いとは思う。こうして最後に、「あなたはこれこれタイプだ」と突きつけてそれで終わると、「では俺はどうしたらいいんだ」と不安になり、このアンガーマネジメント協会に早速入ろうというような動きに向く可能性ができてくるからである。
 調べてみると、確かに、講座そのものはそれほど高額ではないようだ。つまり、心理的垣根が低いので、気軽に、受けてみようか、という気持になりやすいのである。
 理念は、アンガーつまり怒りを管理することであるはずだ。怒りを否定しているとまでは言えず、ことさらに非常識な説を唱えているわけではない。そしてナイーブな人は、自分の中の「闇」に気づかされると、それをなんとかしたいと乗り気になりうるものであろうという気もする。宗教とまでは言わないが、私は、昔ちょっと流行って問題になった「セミナー」の路線を辿りかねないような気がして仕方がないのである。
 最後の「正義感タイプ」は、人間のタイプを5つに分類してしまうというなかなかの英断がなされているが、私が試しに軽く挑むと、そのタイプの説明が、ずいぶん違うんじゃないの、と言いたくなるような目に遭った。全くそうでない方を答えたはずなのに、これこれだ、と断定されてしまったのである。質問に対する点数化でタイプを決めてしまうというのは、ワイドショーのお遊びならまだしも、自分の心を委ねようとするきっかけとしては、非常にイージーであり、危険ではないだろうか。
 そう、このマネジメントは、自分の心を自分で操ろうとするものである。ということは、そのように心を管理する術を授けるこの団体に、自分の心を任せてしまうということになりはしないだろうか。
 確かに、本書で指摘している「正義感」の歪みというものは、よく分かる。それが尤もらしいものとして肯けるものだから、ひとつ間違えば、すべてを信用してのめりこみそうな力を感じるのである。「正論は嫌われる」というようなテーゼを一旦信用してしまったら、自分が正論と考えていたこと、自分の信念というものが、それではいけないのだ、というふうに思い込むのではないか。
 ウェブサイトには、どんなマスコミがこの団体を取り上げ、各地の商工会(これがやけに多い)や企業、高校や何々病院といった名前がずらりと並べられている。また、この団体の提唱しているノウハウがいかにたくさんの登録商標を有しているかを一面に並べている。これほどの自己顕示には、私は違和感しか覚えない。そして、団体の特徴として、アンガーマネジメントファシリテーター養成講座なるものをもち、これにしきりに誘うことである。なんのことはない、これは「弟子づくり」ではないか。キリスト教会で言うなら、関心をもったら伝道者養成講座にぜひ入ろう、というようなものである。これは、カルト宗教にはよくあるコースである。この場合、「怒りがよくない」ということで、適切な「批判」の眼差しをも罪悪視させかねない方向性を有している。つまり、一旦そこに入ったら、団体に怒りをぶつけることが全く禁じられてしまうという構造になっている。これはうまくできていると言わざるをえない。
 こういうわけで、この団体自身が「私は正しい」としている本音が滲み出ていて、私なりに、これは怒ってもよいのではないだろうか、と思えるようになった。もちろんこのとき、私は、「私は正しい」と主張しているのではない。正しいかどうかは、私が決めることではないからだ。




Takapan
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