本

『手話を学ぶ人のために』

ホンとの本

『手話を学ぶ人のために』
本名信行・加藤三保子
一般財団法人全日本ろうあ連盟
\1600+
2017.8.

 穏やかな緑色の表紙の標題に続いて掲げられている、「もうひとつのことばの仕組みと働き」という副題が重い。それほどに、私たち聴者は、手話に「ことば」という概念を理解していないことが指摘されるようにも感じられてしまうからである。
 一般財団法人全日本ろうあ連盟からこの夏に出版された。よい本であると強く思う。
 これは、単語を増やすための本ではない。、手話入門としてとりあえずいろいろなフレーズを表現できるようにするための本でもない。普通、手話については、そのように手話の簡単な紹介がなされたり、手話を習得したい、手話の単語を知りたい、という人のために出版される者である。だがここにそれを期待するわけにはゆかない。これは、「手話」というものは何か、を理解したい場合に有用なのである。
 英語を学んでいくと、やがて、道案内ができたとか、外国でハンバーガーが注文できたとか、そうした次元を超えて、英語とは何か、英語文化とは何か、知りたくなってくることがあることかと思う。手話にしても、ちょっと手が動かせたという、ゼスチュアのレベルから、そもそも手話とは何か、手話文化はどうなっているのか、心が向かうことがあるのではないか。いや、ぜひそうした方向へ進んでいって戴きたいと思う。
 日本語対応の手話しか私もできないのだが、日本手話の豊かさや奥深さには関心がある。文化としてのこの言語の豊かさに魅了されている。あるいはまた、言語という概念をすら一変させるものを含んでいるとさえ思っている。ろう者が培ってきた日本手話は、日本語を一つひとつ置き換えたものとは違う。そのような制約を受けない自由さがある。基本的に助詞というものを使わずして情報を的確に伝えるためには、主語を明らかにする必要があるだろう。また空間をフルに活用して、物事や人の関係や出来事を、音声言語の宿命である、時間制約を超えて表現することができるというのも、構造的に異なる。
 本書は、そのような、手話そのものの豊かな考え方や文化を、イラストなどを多用して、分かりやすく教えてくれる。手話辞典(わたしたちの手話学習辞典)を編集している会社が、単語としての手話辞典とは別に、どうしても知ってほしかったことを、こうして出版したのではないか、と私は推察しているが、その真意はともかく、手話を言語として理解し、また手話を使用する人々、とくにろう者とその社会についての、聴者の意識改革のために大きな力になりうる一冊ではないかと思うのだ。
 そう、手話がいまようやく、言語として認められつつある中で、手話と社会、そしてろう者の歴史というものにも、読者を気づかせてくれる。比較的薄い本でありながら、そのようなメッセージをきっちりと伝えているという点では、驚くべき内容となっていると思う。同種の目的をもったものには、手話について、深い理解や経験がないと読みづらい種類の本もあるが、本書は、おそらく初心者でも、また手話を実際に使ったことがない人にも、手話文化理解のために、役立つものと信じて止まない。




Takapan
ホンとの本にもどります たかぱんワイドのトップページにもどります