本

『銀のスケート ハンス・ブリンカーの物語』

ホンとの本

『銀のスケート ハンス・ブリンカーの物語』
M.M.ドッジ
石井桃子訳
岩波少年文庫
\924
1988.11.

 オランダの少年が、堤防に小さな穴が開いているのを見つけた。そばに誰もいないので、少年は自分の指をその穴に入れた。彼は一晩中、冷たくなった腕に耐えながら穴を塞ぎ、オランダを水没から救ったのだ――こんな話を、誰もが聞いたことがあるだろうと思う。私は聖書の関係から、この話を思い出し、気になって調べてみた。すると、これはアメリカ人が非常に感動して広めた話であるが、現実の話ではなくて、フィクションなのだという。こうしたことがすぐに調べられるので、インターネットは大したものだと感心せざるをえないのであるが、こうなると、そのフィクションとはどのようなものであるのか、私はさらに興味をもった。その本を見てみたい。だが、どうにも読むルートが見つからず、書店に行っても見当たらない。けっこう大きな書店でもよく分からないのだ。
 ついに、ネット通販ではそれが普通にあることが分かったので、注文することにした。こうして、私があまり通販では買わない、少年文庫の物語を手にすることになった。
 それは、ほんの小さな場面での、脇役的なはたらきをするところであった。それがどのようであるか……それは一応明らかにしないでおくので、読む機会があったら探してみて戴きたい。
 今から百五十年ほど前に出されたこの本は、オランダ人を祖先にもつ、ひとりの女性編集者の手により生まれた物語だった。その写実性は児童文学の世界に衝撃を与え、ある意味でアメリカでその後にわき起こる少年少女の名作の魁として記憶すべき金字塔ではないか、とも見ることができるだろう。その編集した雑誌の連載小説として、『若草物語』や『小公子』が生まれたと「あとがき」に記されており、ドッジ夫人の役割はいくらでも大きく評価することができよう。
 物語は、実のところかなり長い。それでもひとつの場面は短く区切られ、休み休み読むことができる。ひょっとすると雑誌連載の関係でそうなったのかもしれない。オランダの観光ができるような書きぶりで、よくぞ調べたものと感心する。そして自然や子どもたちの行動の描写が、実に細かく、情景が容易に目に浮かぶほどである。やはりこれは当時の事件であっただろう。話の展開も、やや唐突な面がないわけではないが、特に後半はちゃんと収まるところに収まってゆき、意外性も十分にある。主人公の生活はその父親が事故で意識不明のまま長年家で寝ている中で貧困を強いられ、地域でも見下されている状態であったが、心ある少女の協力もあり、友だちが増えていく。スケート大会での優勝者には銀のスケートが贈られることになったが、それに出場することと、父親の回復との関係もまた見逃せない。
 単純に何もかもがうまくゆき、幸せに暮らしました、というのとはまた違うが、この少年にもチャンスが与えられ、希望とともに、恵まれた後日談で幕を閉じることになる。登場した子どもたちそれぞれの行く末に目を配った、安心できる終わり方であったかもしれない。
 一時絶版に近いような状態であったかもしれない。だが、記念復刊としてまた登場したらしい。それでも、実際店頭ではなかなか見ることがない本であるが、児童文学を愛する人なら誰だって読まなければならない一冊であることには違いない。さわやかな、安心して子どもに勧めることのできる、貴重な知的財産だとは言えないだろうか。
 なお、余談だが、宮崎駿監督が選んだ「岩波少年文庫50冊」の中にも選ばれており、その関係から手を伸ばす人もいるという。どんな経路からであれ、出会いは大切である。




Takapan
ホンとの本にもどります たかぱんワイドのトップページにもどります