本

『グレタ たったひとりのストライキ』

ホンとの本

『グレタ たったひとりのストライキ』
マレーナ&ベアタ・エルンマン,グレタ&スヴァンテ・トゥーンベリ
羽根由訳
海と月社
\1600+
2019.10.

 まっすぐにこちらを見つめる少女の眼差し。思わず目を逸らしたくもなるほど強烈であるが、目を逸らしてはいけない。この表紙は問いかけである。投げかけ、ぶつけてきている。たったひとりのストライキは、私に向けてなされていることなのである。
 もはや世界で最も有名になった高校生、グレタ・エルンマン・トゥーンベリ。アスペルガー症候群の中で、拒食症を覚え、しかし自分の回復を至上の目的とするのではなく、その原因となった環境の事実のために行動を始めた少女である。2018年6月、祖国のスウェーデン国会へのストライキからSNSで発信されたメッセージは、もはや個人的なものとはいえず、世界中の子ども他をまず巻き込んだ。そして当然、それは子どものお遊びではなく、大人がこれを取り上げて、地球環境の危機を早急になんとかするようにと迫られていることになる。ヨーロッパ各地で講演し、ついには2018年の国連気候変動会議でも演説をし、世界でその名を知らない人がいないほどとなった。
 本書は、グレタの母親を中心としてその家族が記したものである。グレタの主張は、すでに世界各地での講演が知れ渡り、原稿としても私たちは知ることができる。しかし、その背景や生い立ち、演説の裏にある出来事についてはその短い言葉からは計り知れない。それを補う形で、家族が伝える、これまでの有様である。本書が執筆されてからは恐らく一年を経るかどうかと思われる時点での日本での出版であるから、もちろんその後の出来事もある。今日も実のところグレタの動向は世界的なニュースとして報道されている。とくに二酸化炭素の削減についてはそのライフスタイルも徹底するほどで、それを撒き散らす飛行機には乗らないということのために、別の手段を講じて移動しているため、2019年のチリの政変で気候変動会議の会場が変更になったことから、ちょうどいま大騒ぎとなっているのである。
 グレタの主張そのものをここで繰り返すのは控えよう。あまりにも有名であり、もはや知らない人はいないのだから。そして私などもグレタからすれば失格者の烙印を押されそうな生活をしているのは間違いないのだから、いわば合わせる顔がないのである。
 しかし、かつて私はグレタのようなことを考えていた。いつしか大人になり、私もまた自分をごまかすような者になっていったのであるが、グレタの考えていることに触れて、かつての自分に少し戻れたような気がすることは言ってもよいだろうと思う。自分を含めても人間はバカだと思っていた。環境を潰していくよりほかない者なのだ、と。その視点は、手塚治虫の作品の中から刺激を受けたものであるかもしれないが、自分の存在そのものにも嫌悪感が先立ち、石油を組み付くし己の欲ばかり優先させ、半世紀後の子孫のことに全く責任を感じないような利益に血眼になっている人間たちは、最悪の存在だという理解は、実のところあのころとあまり変わっていない。食物連鎖のピラミッドを理科で教えるが、食物網の構造の中から唯一外れ、神のように君臨し、自らは決して減ることを許さないような人類という生き物は、やがて壊滅してしまう、しかもそこに至るように自分で自分を苦しめているのだということについて、疑うことは今もない。
 まだまだここから考えは続くが、あまりに凄惨な思想にもなっていくので、もう綴らないことにする。
 アスペルガー症候群だという彼女だが、それが異常であるとは私は思わない。むしろ彼女のほうが、人類としては適切な判断をしているのではないかと思うのだ。他の殆どすべての者のほうが、欺瞞の中に生きており、加害者となっているというふうにも思う。ではグレタと共に行動するのか、私はそこを問われると痛い。いくら口先でいいことを言ったとしても、実行しない者はヤコブ書ではないが、何の価値もないのだ。むしろ有害ですらある。
 本の表紙カバーのグレタは、真正面を見ていると言った。黄色いフード付きのパーカーを着ている。この姿、意識しているのかいないのか分からないが、私はある人物たちのことだと直感的に思った。
 預言者である。
 主は言われる。おまえたちの現状はこうである。やがて滅びる。だからこうしなければならない。預言者は叫ぶ。誰も相手にしない。耳を傾けないくらいならまだよい。エレミヤのように散々な目に遭わされる者もいた。その言葉は無視された。それでイスラエルは滅んだ。しかしその預言者の言い分が正しいことは、その後の歴史が証明している。後になれば、それは分かる。しかし叫んでいるときには預言者は孤独でしかない。そんなバカなことがあるか。はいはい、分かりましたよ。いいこと言うね、でも従わないよ。人々は冷たい。
 ここに預言がなされている。もちろん、グレタが預かっているのは神の言葉ではない。それは地球環境に計画を与えるデータを取得した科学者たちの告げることである。グレタは科学者の言葉を託宣として訴えているに過ぎない。だから、そうは結論を下さない科学者も当然いる。ということは、他の神々を信ずる民族もあるということに比較できようが、こちらはこちらでひとりの神を信じ従っているようなものであろうか。
 但しこれは信仰だけの問題ではない。現実に地球環境が人間の手によって大きく変化していることは否定しようがない。こうしてグレタは一種の預言をしてくれた。さあ、それに対してどうするのか。どういう態度をとり、どう行動するのか。私たちはいま、旧約聖書のあの時代の民衆の立場に置かれている。それを私は、リアルに感じている。この表紙の少女の眼差しが、まさにそれを問いかけている。かつての自分もまた、それを言いたかったのにできなかった。それがいま、突きつけられる側になってしまった。私たちは預言者をどう扱うのか。そのことを、イエスは端的に告げていた。「だから、わたしは預言者、知者、学者をあなたたちに遣わすが、あなたたちはその中のある者を殺し、十字架につけ、ある者を会堂で鞭打ち、町から町へと追い回して迫害する。」(マタイ23:34) また、ルカ6章も併せてご覧になることをお勧めする。少なくとも私はそれを突きつけられていることを覚えた。




Takapan
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