本

『神の子どもたちはみな踊る』

ホンとの本

『神の子どもたちはみな踊る』
村上春樹
新潮社
\1300+
2000.2.

 なんでいまごろ読んでいるのだ、と言われそうだが、読書はその人なりの出会いとタイミングというものがある。村上春樹の本を見ていたら地震についての短編連作だと聞いて、読みたくなった。もちろん、阪神淡路大震災である。私にとり、あの地震は京都でだが体が覚えている。村上春樹もまた関西の人間として、ただならぬ衝撃を与えられたに違いない。それを形にするのに、そんなにすぐにはできなかったであろうことも予想がつくが、何かしら形にしなければならないという思いはずっとあっただろう。
 6つの短編が含まれている単行本である。そのうち最後の一つは、この本のための書き下ろしになるという。どれにも互いに関係はない、独立した短編である。それぞれ主人公と呼びうる者がひとりいる。そして地震というものが登場して、必ずしもそれが中心になるというものではないのだが、確実にそれが物語の色を決める。心理的に影を落としていく。タブーを侵して、話の概略を辿ってみよう。これから本を読みたい人でそれが不快であれば、以下は読まないで戴きたい。
 地震の報道を五日間見続けた妻が小村の前から姿を消した。小村は一週間の有給休暇をとると、成り行きで釧路へ行くことになった。軽い箱を届ける妙なミッションを背負って。それを届けた先でシマオさんという女と出会った。釧路にUFOを見たと言っていなくなったサエキさんという人がいる話を聞き、小村の妻もそうなのか、といった話になる。やがてあの軽い箱の中身が小村自身のことだと指摘される「UFOが釧路に降りる」
 家出して茨城に来た順子は啓介と同棲するようになる。そこで関西弁を喋る三宅さんと知り合う。海辺で焚き火をする三宅さんを見かけたとき、深いものを順子は覚える。やがて、三宅さんには神戸の東灘区に妻子がいるという話を聞き出す。冷蔵庫の中で死ぬ気がしてならないという三宅さんの話に同調すると、三宅さんがアイロンのある風景という絵をいま描いていると聞くが、その絵のアイロンは実はアイロンではないという。順子は自分がからっぽなのだと告げ、一緒に死のうという話になっていく「アイロンのある風景」
 その宗教の信徒である母親から、おまえは神様の子だよと育てられた善也は、中学になると信仰を捨てた。いま25歳だが、かつて子どものときに信仰へと導く役割を果たした田端さんの話はよく覚えていた。善也は17歳のとき、母親から実の父親について思い当たる話を聞く。堕胎したときの産婦人科医がそうだと言うが、産婦人科医自身は完全な避妊をしていたから父親ではないと言い張り、別れたという。母親が地震のあった大阪のほうへボランティアに出た中で、その男の特徴をもつ人物を見かけた善也は備考を続けるが、男は忽然と消えてしまう。三年前に亡くなった田端さんが苦しんで死んだことを思い起こし、善也は、どうして人が神を試してはいけないのだろう、と疑問を抱き、大学時代につきあっていた女の子のことを思い出す。よくディスコで踊る子だった。善也は自分の存在を思いつつ、獣を内部に抱えていることを重いつつ、神の子どもたちはみな踊るのだと考える、「神の子どもたちはみな踊る」
 医学の学会出席のためにタイに来たさつきは、三年前に離婚の調停を経て独りとなっていた。会議の後もバンコックに残って、休暇を楽しもうと考え、リムジンを頼むと、ニミットという六十を越えたやせたタイ人の男が案内してくれた。音楽の話を通じて打ち解けてゆく中で、ニミットは神戸の地震の話をもちだし、さつきに、神戸に知り合いはないかと尋ねる。さつきは一人も住んでいないと答えるが、神戸には「あの男」が住んでいた。それで、死んでいればいい、と望んでいたのだという自分の心を見つめることになる。十分旅を楽しんだ最後に、ニミットはあるところに案内したいと願う。そこへ行くと、年老いた女がいた。女はさつきを見て、その体の中に石が入っていると告げる。ニミットは後で、その女が心を治療し夢を予言すると教える。そしてこれからあなたはゆるやかに死に向かう準備をしなければならないと告げる。さつきは自分の中の石を知る、「タイランド」
 片桐がアパートの部屋に戻ると、巨大な蛙が待っていた。この衝撃的な一文から物語は始まる。彼は自分のことを「かえるくん」と呼ぶように片桐に言い、三日後に東京直下で大地震が起こり15万人が死ぬことになると打ち明ける。それでそれを起こすみみずくんと共に闘うように片桐を誘う。片桐の勤める銀行からそのみみずくんのいる地下に辿れるのだという。片桐は闘うかえるくの後ろで応援してくれればそれでよく、その必要があるのだそうだ。しかし、地震が起こるというその前の夕方、片桐は狙撃される。気がついたときには、もう地震が起こっているとされる時刻を越えていた。しかし看護婦は、あなたは路上で昏倒していただけだと話し、片桐は訳が分からなくなる。その夜かえるくんが夜中に来て、闘いは想像力の中で行われたと説明する。しかしかえるくんは実は相当なダメージを与えられていて、やがてその肉体が崩壊していく。いくつかの文学作品のことが二人の会話にここまでも絡んでいたが、かえるくんが東京を地震による壊滅から救ったと主張する片桐に、看護婦はただ微笑むばかりだった、「かえるくん、東京を救う」
 そして最後に「蜂蜜パイ」がくる。小夜子の娘である沙羅は淳平になついている。淳平がその場でつくるお話が沙羅は大好きなのだ。淳平はいま東京で作家をしている。西宮の生まれで、親との関係はよくない。二人は、高槻という男と三人で大学時代からの仲良しだった。いま沙羅は、地震のニュースで夜中に目を覚ますようになっていた。地震男がやってきて、箱の中に入れようとすると言って起きてくるのだ。大学時代、淳平は小夜子に恋していた。だがそれは高槻も同じだった。結局高槻が先に小夜子に近づき、二人は恋人になる。それでも三人の友情は壊れなかった。淳平もそれを受け容れることになる。但し、授業を休むくらいのダメージは受けていたら、小夜子が訪ねてきて、一度だけのキスをする。その後高槻と小夜子は結婚する。が、小夜子が生まれたとき、一番素晴らしい女だと小夜子を言っていたくせに、実は別の女と関係ができて、やがて二人は離婚する。しかし高槻は沙羅に会いにくることがあり、そんなときに作家として時間に自由のあった淳平はいつも呼び出され、4人で行動することになった。しかし淳平がスペインにいるときに地震が起こる。淳平は映されるその風景を見て自分の内奥に隠されていた傷あとを知り、孤独を覚える。仕事で不在の高槻のため淳平は小夜子と沙羅の三人で過ごすことになり、小夜子と結ばれる。が、沙羅が夜中に地震のおじさんが来たと起きてくる。淳平はそれまで沙羅に話していた救いのない熊のお話を、蜂蜜パイを登場させて明るい希望の結末へ向けること、そんな小説を書こうと決意し、また、小夜子に結婚を申し込もうと決心するのだった。
 かえるくんの話も心に響いたが、最後にこの本のために書き加えられた「蜂蜜パイ」に、確かに希望を見る思いがした。他の話にある非日常生に比べると、これはあまりにリアル過ぎる物語なのだが、そのリアルの中に、私は立ちたいと願った。




Takapan
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