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『現代思想の新潮流 未邦訳ブックガイド30 現代思想2022vol.50-1』

ホンとの本

『現代思想の新潮流 未邦訳ブックガイド30 現代思想2022vol.50-1』
青土社
\1600+
2022.1.

 この何年かで、時折買うようになった「現代思想」。昔懐かしという気もしたが、どうしてどうして、新しい思想の動きを知るには一番お得に手に入りやすいと思える。
 その都度特集が組まれるのが基本だが、年始めには、いわば雑多に「いま」を伝えるものが集められることが多かった。今回もその流れではあろうが、「未邦訳」という看板が付いた。これはいい。よほど研究対象のテクストならばともかく、批評書や専門外のことならば、原書というのはハードルが高い。だから、どうしても邦訳ものしか知らないということになる。翻訳者というものは実に尊い仕事をなさっているものと敬服する。
 だが翻訳の出版は、それなりに利益を見込めるものでなければなされない。販売戦略からすると翻訳が出ないという場合、その本が価値がないとは限らない。だから、その価値を知る人が紹介してくれるというのは、実にありがたいことなのだ。
 というわけで、本書には新しい思想が、基本的にひとつの書を知らせるという形で、30集められている。一定の量で均等に並んでおり、読む側としてはありがたい。というのは、この月刊誌を買って一か月かけて読むのが私のやり方なのだが、1日一本読むことで、ちょうど一月楽しめるというわけだ。1日一本ならば、なんとか時間が取れる。また、ノルマだとすると、自分に対しても励みをもたせることができる。慌てて読んでも、余りに皮相的になりがちだから、その一日はその一本を反芻でもするなら、いくらか心に残りそうなものだ。
 そういう都合の良さばかりお知らせしても誰の役にも立たないだろう。内容についてだが、非常に多方面にわたるため、領域が特に偏っているとは思えなかった。私の心に残ったものを幾つか拾ってみることにする。
 まず、冒頭の、ジョルジオ・アガンベンの『カルマン』。これを國分功一郎氏が実に魅力的に解説してくれたものだから、この文章自身、非常に読ませるものとなっていた。行為はいかにして過失となるのか。これを、罪業と日本人が感じやすい「カルマ」を持ち出して、それをむしろ行為の連鎖として考えてゆくのだという。そのとき、身振りという概念が考察のポイントに挙がるものであるらしい。しかし、インド哲学や仏教思想を繰り出すアガンベンの議論は、西洋人には新鮮かもしれないが、さてどうだろうか、という問題点も指摘する文章となっている。
 ビラン・ベンスーザンの『指標主義』がひとつの形而上学の道を教えてくれ、ヘンク・デ・レヒトの『科学的理解を理解する』は、かつてとは様相を変えた科学の姿に向き合う必要を訴える。ゲイル・サラマンの『ラティーシャ・キングの生と死』は、涙と怒りなしには読めなかった。授業のために教室で座っていた15歳のトランス・ガールは突然後頭部を拳銃で撃たれて死亡したのだ。だが、裁判でむしろこのラティーシャが他人を不快にさせたからだ、という理屈がまかり通っていく様子がレポートされている。同様に、ヘレン・ンゴの『レイシズムの習慣』でも、不条理な世の中を暴露するが、ただ、私を含めて多くの人が知らず識らずのうちに、このレイシズムを宿す行為や態度をやらかしているというところに気づくべきであることを知る。ティルマン・アレルトの『ドイツ式敬礼』はどきりとさせる。「ハイル・ヒトラー」をめぐる歴史を紹介するものだが、私たちの身近な生活の中でいつの間にか、人心を操る怪しい習慣が浸透し、いま現在もすでに改造させられているのではないか、との虞である。ターニャ・ラーマンの『神が語り返す時』は、キリスト教にズバリ斬り込んでいく。キリスト教の福音派の信仰が扱われ、それは神とのパーソナルな関係に基づくことを明らかにする。そこには聖書そのものや教義というものは、いわば二の次になっているのだというのだ。アメリカで勢力を伸ばしている「福音派」というものについての分析は、確かに邦訳されて読まれるかどうか知れない。尤も、かつて大統領だった人物にまつわるものだとすれば、いくらか興味はもたられかもしれないけれども。アンドレアス・レックヴィッツの『創造性の発明』は、創造という概念を基に、芸術が現代何を生んでいるのかについて考えさせるものとなった。ヘルムート・シェックの『嫉妬』は、確かに嫉妬という感情についての哲学があっただろうかと反省させられる。わざと避けられているようにすら見える。しかしこのような負の感情に向き合うことが、もっと必要なのだと目が開かれた思いがした。最後の、ユリコ・サイトウの『親しみあるものの日常美学』は、日常的に使用しているなにげないものを美として捉える眼差しを教えてくれる。掃除や洗濯、料理といったものを、果たして人類は、哲学的な問題として、また美として、取り扱ってきたのだろうか。無意識的にか、それらを無視して、人生の問題や世界の問題は、別のところにあるかのように思い込んできたのではないだろうか、と私は反省させられた。
 30全部、このように触れていきたいほどだが、一応このくらいに留めておくことにする。刺激の多い一冊で、ひとつの紹介に50円を支払うだけだと考えると、なかなかの値打ちものであると言えよう。なおも10年くらいは、輝きを発しているであろうような特集号となっていたと私は捉えている。




Takapan
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