本

『福田正俊著作集T 説教集』

ホンとの本

『福田正俊著作集T 説教集』
新教出版社
\3883+
1993.10.

 この牧師のお子さんに当たる方が亡くなった。それに関して、そのお父様は福田正俊といって、という話を聞いたとき、私は、どこかで聞いたような気はしたが、福田正俊牧師については何も知らなかったため、関心をもった。少し調べると、なかなか魅力的な方のようだ。そして、三巻からなる著作集があることを知った。上手に探すと、いくらか安価で手許に届くことも可能であり、取り寄せた。
 実はこのとき、不思議なことが起こった。これまでにも何度も取引のあったネットの書店であるが、別の巻が届いたのだ。まだそちらは買っていなかったので、私に不都合は起こらなかったし、送り返すのも面倒なので、そのまま受け取ることにした。そして、再度最初に申し込んだ巻で注文した。偶々同じ書店だったので、気づくかしらと思ったが、いまのところ全く気づいた様子はない。私は、結果的にきれいな本を若干安く手に入れたことになるが、これはごまかしたとは非難されたくないと考えている。モラルに厳しい人がいたら、どうかご容赦願いたい。よけいな手間をかけることなく、事を済ませただけなのである。
 さて、第一巻は「説教集」である。編集者は、井上良雄・吉田満穂・秋山憲兄という三人で、私は井上良雄氏しか知らないが、よくぞこれだけの著作集をまとめてくれたものだと敬服する。
 福田牧師は、信濃町教会で多く語っている。本書は時代順にそれを辿るが、すでに単行本としてこうした書が世に出ていたので、それを編集したような形にもなっている。とすれば、本書はベスト説教集であるとも言えるのであろう。
 1934年に始まり、戦中を経て戦後に至る過程をひとつまとめている。戦後は、しばらくして一旦牧師を辞して、後の東京神学大学で教育に携わっていたが、数年後に再びその教会の牧師に就任している。この教会では1973年まで牧師を務めている。その間一千を下らない説教を語っているはずである。そこから本書は、48篇の説教を選んだ。牧師自身の選択によるとはいうが、編集者たちの意見も加味されているようだ。
 こうした事情は、巻末の「解題」に詳しい。「説教だけは一回も力をぬくことがなかった」と退任の挨拶で告げたことや、「説教の前提は聖書だけである」という信念など、牧師の信仰と労苦を垣間見るような言葉をそこに見ることができる。
 信濃町教会は、高倉徳太郎牧師が創立者であった。その急逝の危機に後を継いだのが、この福田正俊牧師である。そのときまだ31歳であったという。それは、日本が戦争へと突き進んでゆく時代であった。政治などに口を挟まないタイプであったために、危険なことは直接なかったようではあるが、「無言の抵抗」を試みていたようである。実際、カール・バルトは牧師の心の師であった。バルトは、ヒトラーに対して抵抗するドイツ教会のリーダーでもあった。そして、そのバルトの神学は、福田牧師を支え導き続けた。こうしたことについては、また続く巻の感想の中で触れることができようかと思う。
 説教は一つひとつは短い形で原稿化されている。だが、不要な遊びはなく、展開も素直である。聖書からもちろん語るのであるが、世相やキリスト教の歴史などをも視野に置き、厚みのある語りが展開されている。非常に福音的であると私は思うし、ハッとさせられる指摘も多い。もしこれを早口で語られたら、聞きとる会衆の知的レベルは相当高かったのではないかと思われる。きっと、噛みしめるように語ったのではないだろうか。それなら、説教原稿がそう長くないことも納得がいく。こうして文字としてまとめられたなら、私たちは自分のペースで読むことができるが、十分読むに耐える内容である。つまり、ここには凝縮された福音が語られているように感じられるのである。
 1993年当時、この価格はかなり高価なものだっただろう。但し、美しいハードカバーであり、丈夫な函入りである。見事な書としてこれを生み出した編集者たちや教会員たちに、敬意を表したい。
 なお、1950年代の口語訳聖書の発行以前は、いわゆる文語訳聖書から聖句が記されていたが、口語訳の引用に変わった瞬間を、本書から辿ることができる。この変わり目は、当時ずいぶんと大きなものであったと思われるが、説教そのものには、その点での影響は殆ど感じられない。命のある説教には、表面上の変化というものは、実に些細なことに違いないのであろう。




Takapan
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