本

『福岡県の水生昆虫図鑑』

ホンとの本

『福岡県の水生昆虫図鑑』
井上大輔・中島淳
福岡県立北九州高等学校魚部
\2615
2009.7.

 魚部? 日本でも唯一らしい。高校の部活動である。
 それが、魚のみならず、水生昆虫へと手を伸ばしていって、できたのがこの本である。助成されてできた本であるが、法外に高いようなこともなく、むしろ安価ではないかとさえ感じる。
 この部の関係者と九州大学の若い研究員とが手を結び、これだけのすばらしい資料ができあがった。お見事である。
 福岡県と的を絞っているので、はたしてどのように販売されていくのか心配もあるが、内容は実にすばらしい。水生昆虫というと、タガメやゲンゴロウ、ミズスマシなど、私も幼いころからなじみのある虫が頭に浮かぶが、近年これをとんと見なくなったことも感じている。絶滅危惧種もかなりいるらしい。所詮素人なので、それくらいの名前が出てくるに留まるが、同じミズスマシでも実に多種多様なものがいることが、この図鑑から分かる。しかも、その大きさたるや、指先に載るごま粒ほどでしかないものも多いわけで、よくぞそうした生き物を見つけて、しかも判別するものだと感心しきりである。
 同じ種にも殆ど複数の写真が載せられている。その写真の一つ一つに、愛情が感じられてならない。また、巻末に40頁近くにわたって綴られている様々なコラムからは、本当にこの虫たちを愛している男たちの声が切実に語られていることが、誰が見ても分かるようになっている。
 この魚部は、北九州で水生昆虫についての企画展をひらいている。そうした研究のまとめであるといえばそれまでなのだが、これだけの形にして世に問うた意義は大きい。関東には、福岡県にいないものが幾多もいたというショッキングな事実や、絶滅されていたタガメが北九州で発見されたなどという、うれしい限りのニュースとその背景が紹介されている。また、水生生物を採集するスタイルや方法も教えてくれ、こうした活動のあらゆる側面が掲載されている。図鑑であると同時に、教育資料でもあることは間違いない。
 水生昆虫がいなくなるということは、水という環境が生命を失っているということになる。天然水とかミネラル水などと私たち人間は健康志向から口にする。その水を精製しようとさえするし、そうして自然の水をどんどん汲み上げ、水路を替える。その営みの一つ一つが、無数のこうした小さな生物を蔑ろにしていないと、誰が言えるだろう。カエルもそうだが、水に頼る生物が次々と姿を消しているというのは、生命が如何に軽んじられているかということをも意味するのではないか。
 この若い研究者たちの営みは、ただ男の子がマニアックに趣味に走り喜んでいるように見えないこともないが、実は生命の根幹を揺るがしている人間の営みに対して、小さなものを愛おしみながら精一杯の警告を与えているものと、私たちは見るべきではないだろうか。
 機会があれば、手にとってみて戴きたい。これを見て感動しなければ、人間の心というものは尊大さから救われないかもしれない、とまで言いたい思いがする。




Takapan
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