『英語の読み方 リスニング篇』
北村一真
中公新書2797
\840+
2024.3.
姉妹篇があり、すでに「ニュース、SNSから小説まで」という副題のついた、同じ著者による中公新書が2021年に発売されている。今回は「リスニング篇」と書いてあるが、さらに副題が付せられている。「話し言葉を聴きこなす」というのだ。
これは、どう音を聴くのか、あるいはその訓練の仕方が書いてあるのではないか。そう期待する人もいるだろう。一日中英語の音を浴びるように聴いていたら、分かるようになった、などという高い教材が売れていたこともあった。宣伝の妙だったようだ。いやいや、シャドーイングが効果的です、という英語教師もいる。それはそれで高価があるだろうと思う。
もちろん、たくさん聴いていくこと、毎日聴いていることは、だんだん聴けるようになるために必要な訓練であるとは思う。英語が母語の国へ行き、とにかく生活していかなければならなくなると、嫌でも身につくよ、という人もいるが、それもまた確かだろう。社交的でなければ、通用しない方法かもしれないけれど。
さあ、どういう教材がいいのかな。ラジオもいいのかな。映画を英語で聴くことを繰り返した、という人もいたような気がする。
本書に、そういうことを期待すると、裏切られる。発音を聞きとる、ということについては、本書は何も教えてくれない。そうではなくて、本書はひたすら、英語を読むことに徹するものである。
確かに、教材としてウェブサイトから確認できる音源を用いているため、QRコードが時折掲載されている。ただ、本書はその語られた言葉が英語で置かれていて、それの文法的解説をとことんやっている、という形式になっているから、まずは音声なしで読み通して、そしてためになるのである。
どういうことか。発音が聞き取れたとしよう。それでさあ、リスニングができたと言えるのか。単語は拾えても、何を言っているのか、それでは掴めないということはないだろうか。いやいや、単語が分かれば、だいたい意味は分かるだろう、とお思いの人がいるかもしれない。しかし、肯定しているのか否定しているのか、自分が関心があるのかないのか、何かを求めて言っているのか独り言なのか、そんなことを単語だけで、会話しているその場で理解することができる、などと考えているのは甘すぎる。
大丈夫です、英語の勉強をしました。読むことについては自信がありますから、あとはやはり発音を聞きとることだけが課題なのです、と言いたい人もいるかもしれない。だが、そこに落とし穴がある。英語を読む勉強をしたというが、その読む英文とは何だろうか。基本的に、整った文ではないのか。それでは、英語を話している人が、皆文法的に整った文を話していると言えるのだろうか。私たち日本人が話している文は、アナウンサーが朗読するような文だと考えてよいはずがない。
本書の焦点は、そこである。本書は、「読む」訓練をする。それは、先ず「話し言葉を読む」ことから始めなければならない。文法的には整っていないもの。ときには、途中から構文が崩れることもある。癖のようなフレーズが頻繁に入ることも当然ある。「you know」などは有名だから、頻繁に間に入っても受け容れられるかもしれないが、英語を話す人が皆、そうするわけではない。日本語の話し言葉を文字に起こしたときのことを想像してみるとよい。とてもじゃないが、まともに読める文章ではないだろう。
そこで、話し言葉の英文を読む。その読み方、つまり崩れるというのはどういうことか、話し手はどんな心理で文を選び発言しているのか、様々な問題を考慮しながら、本書は話を進めてゆく。
とくにハッとさせられるのは、「先読み」という指摘だ。話している相手が、次に何を言おうとしているか予測して、先回りしてキャッチできるように構えておく、というのである。そんなことは無理だ、と思うかもしれないが、私たちは自然に日本語でそれをやっているはずだ。次に相手はこういうふうに言う、というのはなんとなく感じて構えているものである。英語でも、日本語とは違う雰囲気かもしれないが、そういうのがある。節がくるから主語と動詞に注意せよ、というのもあるだろうし、話の内容から次にこういう点に触れるだろう、と考えることもあってよい。つまりは、知識や教養も欲しいが、ここでは文法的な理解から、先読みをする具体的な例がたくさん挙げられているのである。
また、言い回しという点では、話す中でよく出てくるフレーズというものがある、という指摘もある。いちいちその意味を考えて理解する暇がないから、もう理屈抜きででもいいから、丸覚えして置いた方が得だ、というわけである。このレクチャーの後、巻末にそうした表現句がまとめて置かれているので、親切である。学習者はそれをマスターしていくと、俄然有利に話し言葉を聴く準備ができたことになるだろう。
文法に強くなれば、聞き取りも強くなる。文法の知識が、聴く耳をつくる。そのコンセプトは、リスニングのすべてではないが、非常に大切な基礎であると思う。私などは、聞く耳ももっていないし、英文法の知識も曖昧だ。猫に小判のような読書であったが、こうした理屈は、子どもたちへ伝達できるかもしれない。それに、話し言葉を読むという点では、私はそんなに劣等生でもないようなのだ。読む点では、それなりについていけたのだ。だから、次は音声なのかな。これも、学生向けの英語番組を聴き続けていたら、それなりに慣れてきた。英語での礼拝説教が聴きたい、という夢はあるが、完全にではないにしろ、ちょっとくらいは聴きかじれる機会があるかもしれない。いまはそういうウェブサイトの利用が可能だから、本当にいい時代になった。

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