本

『「分かりやすい表現」の技術』

ホンとの本

『「分かりやすい表現」の技術』
藤沢晃治
文響社
\1350+
2020.1.

 意図を正しく伝えるために16のルール。こうしたサブタイトルが地味に表紙に書いてある。これは「新装版」と書かれており、元の本は1999年に出版されてい。長い間啓蒙してくれたものである。
 説明書や案内表示など、私たちが新しく出会った知らないことについて、どうかすると瞬時に、察知しなければならないことは数多い。毎日がすべてこれまで知っていることによって成り立つわけではないからだ。じっくり調べてよいときにも、人に訊けば分かるというときには人に訊くこともできるが、それはその相手の手を止め、煩わせてしまう。一定の文書や図版形式の説明で理解しなければならないのだが、時折、自分の頭が極端に悪くなったのかと落ち込むほど、分からないことがある。そのうち分かるだろう、と自らを安心させたにしても、その後絶望的な現実に出会うと、さらにまた落ち込むことになる。
 しかし、必ずしも自分がバカだとは限らない、という慰めをくれただけでも、この本は有り難かった。世の中、説明がへたな場合がかなりあるという紹介なのである。
 マニュアルもそうだが、先ほど触れたように、瞬時にして理解しなければならないときは、命懸けともなる。道路標識で、どこそこへ行くにはどちらを選択すればよいのか、分かりづらいと、間違う可能性がつきまとうばかりでなく、ドライバーを動揺させ、危険を招くことにもなりかねない。中国自動車道から山陽道へ導くのに、どちらの道でも「大阪」などと書いてあると、もちろんよく考えれば意味は分かるのだが、どきりとする。実は本書には、東京の首都高速道路の入口の料金所の写真が終わりのほうに掲載されているのであるが、これはもう悲惨なほどでたらめである。看板状の表示が十数枚目の前に居並び、細かな指示が書いてある。著者はこれに呆れたというより怒ったのか、「分からないのはお前が悪い。ちゃんとここに書いてあるじゃないか」と反論するための、自己保身目的のディスクレーマーに過ぎない、と断じている。私は日常的に、このような目に遭わされているので、実によく分かる。ただ、この首都高速道路の写真は、本当にインパクトがあるので、私は巻末近くではなく、本書の冒頭にどーんと出して、これのどこがどうまずいのかを本書で明らかにしよう、としたほうが、読者にとっては面白かったのではないか、という気がする。
 様々な説明文書や表示のまずい点を「×違反例」として掲げ、並べて「○改善例」を著者が作り直す。もちろん、その違いは一目瞭然である。著者の作成例が最善かどうかは別として、そのようにしてあれば困る人は激減するだろうということは確かであろう。人間の認知能力についての裏付け云々を述べるときもないではないが、そうした説明がなくとも多くのことは経験上納得ができる。それから、そもそも教育という配慮は、このスピリットなしにはできないことなのであるから、初めのほうで例として挙げられている学校での失敗(小一の子に「挙手」してくださいと言って皆きょとんとしていたという話)は、もしそれが本当なら(授業参観であったということだが)よほど極端だろうとは思うが、つい口走ったとしても、なかなか信じがたいケースではある。よほど慣れない教師であったのかもしれない。
 こちらはちゃんと示しているんだ。分からないからと言って、こちらには責任はない。多くのトラブルは、このような態度から始まる。伝わらないということは、伝える側にも責任があるというのが、常識になってもらいたいと思う。これなら万人に分かる、分からないはずがない、と考えていても、それでも伝わらないことはよくあるのだ。子どもたちにものを教えているとそれが日常茶飯事である。伝える側が予想もしなかった理解をしてくる彼らと日々闘っていると、申し訳ないが、本書に書かれてあるようなことは、これを知らないと仕事ができないと言われても仕方がないほどの内容である。その意味では、新人教師がお読みになるとよいかもしれない。ちゃんと児童心理学などを修めている方々だろうとは思うが、理論と実践の間には少し溝がある。そこへいくと本書は、非常に具体的に示されているので、まさに適用するのに分かりやすいのではないだろうか。
 黒のほかに黄色を使うだけで一冊が統一されている。私もこの色合いには賛同する。蛍光マーカーも、黄色しか使わないからだ。ぱらぱらめくっても、ここだけ見れば要点が分かるという文や箇所は、太ゴシックになっている。いや、その太ゴシックにしても、多くの場合、そこにさらに黄色いマーカーがかけられている。ちょっとくどい印象があるが、それはそれで、ぱらぱらめくりの中での注目のしやすさということなのだろうか。
 本書で説明されてきた、伝えるための16のルールは、一覧的に見られたらよいだろうという配慮からか、巻末に、その1つのルールが1頁としてまとめられている。親切ではあるが、ここにありったけの箇条書きでそれぞれ10ほどのチェックリストが置かれている。その数、全部で144。これらを全部チェックして表現を考えよ……そこまで考えるとめげそうである。しかも、要点であるので、そのチェック事項が具体的にどんなことを言っていたのか、また本書を開き直さなければ、全部は思い出せない。やっぱり、分かりやすく伝えるというのは、少しハードルが高そうである。なんでも簡単に伝わる、という意味ではなさそうだ。仕方がない。
 でも、種明かししてしまうようで気が引けるのだが、タイトルに「分かりやすい表現」の技術と、カギカッコが付いている。ここにも実はちゃんと意味がある。それが定かでないと思われる方は、ぜひ本書をお求め下さい。




Takapan
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